第34話 奇妙な眼差し
だがここからはさすがに勇者と魔王とのやり取りとは異なる。何しろ俺は明らかな敵意をもってこの二人に攻撃を加えた。それに言及せずに会話を進めることは不可能だ。
案の定、ブロンドのお姫様は俺を見て甲高い声を上げる。
「あぁっ、これよ、この下賤な男! この男がわたくし達を邪魔をしたのよ!」
落ち着いた赤色ではあるが、それでも森の中では随分と派手なドレスだ。その女は俺を指さして、あらん限りの叫びを上げた。普段なら聞き流すのだが、今は悪魔に追われている最中だ。
俺は困った表情を浮かべて、ダルグレンと名乗った騎士に視線を送った。彼はそっと目を伏せたのち、俺と同じような小難しい表情を見せて小さく頷いた。俺はそれを是と受け取り、心の中で小さく謝罪しつつ、姫の腹に小さく衝撃波をたたき込んだ。
「ぐっ……な……」
そうして、ぐったりと倒れ込みそうになる所を、小走りに近寄ってそっと支える。その頃には二人も俺の近くにやって来ていた。
「すまない、これには訳があって……」
俺は姫をダルグレンの身に預けながら言葉を絞り出した。そこを騎士が遮る。
「分かっている、何かしら危険な存在の接近が感じられる。この場は危険だな、まずは距離を置こう」
どうやらダルグレンの方はいくらかまともな奴らしい。ロングランが悪魔を警戒している内に、俺はダルグレンと手早く会話をした。
「理解が早くて助かる」
「君もロングランの友人なのだろう、奴は熱い男。ならば君も全くの悪人という訳ではあるまい。だが、それはそれだ。俺たちも悪女ルルーゼを仕留める義務があって、それを邪魔されたことを見過ごすことは出来ない。何か、言うべきことはあるか」
ダルグレンは姫をそっと傍らの木々に寄りかからせ、再び俺に向き直る。緊張感のある空気だ。俺は一通り考えた後で、短く返答した。
「ない」
「……え、ない?」
これにはさすがの騎士も凛々しい表情を崩さざるを得なかった。事実、俺はただルルーゼが困っていたという理由で、彼女を助けたようなもの。それにあれこれ言葉を足して弁明しようという気はない。
「だが、俺と彼女とはまだ非常に短い付き合いだが、彼女も根っからの悪人ではないようには思う。俺が言うことはそれぐらいだ」
俺はダルグレンがすぐさまに反論して来るかと思ったが、しかし彼は微かに目を細めてこう言った。
「その言葉を否定はしない。恐らくルルーゼも何かしら考えがあってのことだとは思うが、それを判断するのは俺ではない」
ダルグレンがちらりと姫をちらりと見る。この世界が封建的なもので動いているとしたら、ダルグレンもまた主従関係に縛られているのだろう。その眼光から、俺はこの二人に何かしら奇妙な関係性を見出したような気がしたが、そこに介入するつもりはなければ、時間もなさそうだ。
「ならば教えてくれ、一体何があったのだ。ルルーゼとは一体何者だ」
ダルグレンが重い口を開こうとしたところ、不意にロングランが俺たちに身を寄せた。
「おいお前ら、おしゃべりはそこまでだ。奴が来る。ダルグレン、二手に別れよう。俺はロジタールと共に突破口を探るが、もともと貴様らには関係のない問題だ。俺たちが奴を引き付けておくから、その間にその姫様を連れ逃げるんだな。一つ貸しだぞ、忘れるなよ」
俺とロングランからすると、何の変哲もない会話だった。しかしダルグレンは眉をひそめて、より一層力強い目つきで俺を睨み付けた。
「……おい、今何と言った? ロジタールだと?」
「あ、ああ、俺の名前だが……」
どちらかというと、それまでこの男は俺に対していくらか友好的な態度を示していたように思う。それが突然、奇異の眼差しというか、怪訝な表情というか、とにかく目に鋭い眼光を宿すに至った。
わずかに、しかし確かに空気が変わったような気がした。空気が重く変化したように思われたが、それは先ほどとは違う種類のものだった。
「本名か?」
よくよく考えればロジタールとはなんだろうか、俺はずっとこの転生した世界での俺の名前だと思っていたが、実際は分からない。とはいえこれはこれで突き通すしかない。
「そうだと思うが……、おい何を……!?」
ダルグレンは素早く剣を引き抜き放つと、俺に向かってまっすぐに突き出した。銀色の鋭い剣先が俺に向かって伸びる。それは俺の脇腹を微かにかすめとっていった。だが、もちろんそこにはオートガードが働き、俺自身には何のダメージもない。
しかしそれは結果論だ。深手を与えようとはしないものの、彼には確かに俺に傷を付ける意思があった。
「おい、何をやってるんだ!?」
ロングランが血相を変えて駆け寄ってきた。俺の心配もあるだろうが、何より悪魔が接近している。そしてそれはダルグレンも分かっている。
ダルグレンは何とも答えず、無言のうちに立ち尽くしていた。剣先をじっと眺めて、そして俺の顔と見比べる。
「すまなかった。ただ、君の腕前と、あとは俺の予想通りなら君に傷をつけることができないことは予想出来ていた。……これを渡しておく、落ち着いたら我らが邸宅にお越し願いたい」
そう言うと、ダルグレンは懐から細身のブレスレットを取り出した。青と緑を合わせた不思議な色合いを持つ、とても軽い貴金属だった。見る角度できらめきが異なり、まるで自ら発光しているようにも見える。
「それを持ってこちらのマァミ様を訪ねれば、何も知らない門番といえど君を追い返したりはしないはずだ。それでは御免、無事を祈る」
ダルグレンはマァミを軽々しく担ぎ上げると、そのまま元来た方角へと引き返していった。俺はその流れるような所作を眺めていたが、ロングランがすぐに俺の意識を引き戻す。
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