第32話 迫りくる危機

「依然、危機の中だ。だが安心しろ、それも計算通りだ。奴は俺たちを追って来るだろう。だがな、あの悪魔の力は離れれば離れるほどに弱くなる。今、捕まっている者たちにもそれなりの実力はあるのだろう? ならばそのうちに術を解くことも出来るはずだ。その後、俺たちも適当に奴を撒いて、どこかで合流すればよい。どうして奴がここにいるのか分からないが、とにかく、それでこの場は何とかなるだろう」


 正直に言うと、俺はロングランに対して、能天気な奴だという認識をもっていた。だが今やその印象は鳴りを潜めている。俺は彼の言葉が、しっかりとした経験に基づく、信頼足り得る言葉だと判断した。


 とはいえ、それで全てが解決する訳ではない。もう一つ、確かめなければならないことがある。突然現れたロングランがこの場所を正しく認識しているのか、だ。


「……ロングラン、一つ尋ねるが、あなたはどうして森の中にいたんだ?」


「うん? 別に大したことでもない。いつものように、散歩がてらに外を歩いていたら、奴らの気配がしたから駆け付けただけのこと。ここまでそれなりに距離があったが、急いで駆け付けた甲斐があったようだな、俺に感謝するんだぞ」


「ふむ……。それならちょっと尋ねるが、この近隣に見覚えはあるか?」


 周囲は鬱蒼とした森の中で、どこを見ても似たような景色が続いている。しかし屋敷に程近い位置でもあり、それなりに外出するというのならば、覚えていないはずはない。


「おいおい、我が家の庭のように歩いていた空間だぜ、奴の気配を頼りに夢中で向かって来たとはいえ……」


 ロングランは周囲を見渡して、そっと黙り込む。


「……」


 陽気な日差しが降り注ぐ森の中ではあるが、俺はその影の中にひっそりと閉じ込められたような心地がした。誰も彼もが無邪気な陽光を感じている中、俺だけが疑心の影の中にいる、そんな感覚だ。


「……ロングラン?」


 ロングランは俺に視線を戻し、そして、柔らかな笑顔で答えた。


「よく分からんが、お察しの通りだ。ま、まあ、あれだ。ここは貴様の世界なのだろう? どういう事情か分からないが、俺の世界が、またもや貴様の世界に導かれたという訳だ。ハハ、困ったな、屋敷内だけではなく、屋外でもこうして繋がってしまうとは。この事象を解決しない限り、おちおち外出もしていられない。まあこれが解決したらすぐに貴様の屋敷を経由して帰るさ」


 おちゃらけた雰囲気を醸しているが、ロングランも事態の把握を必死に試みているようだった。かつて、俺たちは屋敷のドアを通じてその世界を重ねあった。その理由も事情も分からないうちに、その範囲は拡大し、もはやどうなっているのか分からないのだ。


 実際、事実はロングランの想像を超えている。俺は努めて柔らかい態度でそのことを説明した。


「ロングラン、落ち着いて聞いてくれ。実を言うと、俺もここがどこだか分からない。ここは俺の仲間の一人、フィッシャーという者の世界であるはずなのだが、その者の知っている世界とも微妙に異なってしまっているようだ。そしてもう一人、ルルーゼの方はこの世界をより詳しく知っているようだが、そちらの方も全面的に信じるにはまだ早い」


 生と死を繰り返しているという令嬢、ルルーゼ。彼女が巻き込まれているというループでさえ、何か良からぬ変化を与える可能性がある。


「おいおい、ロジタールよ、笑えない冗談だ。だが、あの屋敷は貴様のものだよな?」


「恥ずかしい話だが、俺は屋敷の外観を見たのは入った時と出た時の二回だけで、細かい姿を覚えていない。もしかすると、あの屋敷は俺がいた屋敷とは違う可能性もある。つまり、俺は訳があって屋敷の門を潜ったが、その瞬間に別の場所に飛ばされた可能性もある、ということだ」


「おいおい、何だって? そうなると、もしかすると俺も戻れな……むっ?」


 不意にロングランが黙り込み、屋敷とは別の方向へ顔を向けた。悪魔と距離を置いたことで生じていた安堵感が抜け、再び真剣な表情へと戻った。


「どうした?」


「……おいロジタール、この世界での知り合いはさっきの二人だけか?」


「ああ、あの二人だけだが…」


「やれやれ、ならばまた未知の存在の出現という訳か。気付いているか、あちらから誰か来るぞ。かなり接近されたようだ。それなりの手練れかも知れない、油断するなよ」


 正直に言えば、俺はロングランに言われるまでその存在に気が付かなかった。実際問題、俺は謎の衝撃波やオートガードといったものが備わっているが、運動神経や感覚はそう大したものではないのだ。


 その点でいえば、長いこと戦いに身を置いているフィッシャーやロングランの方が、このような状況の対処に長じていることは理解している。


 だが、その一方で、自らの劣等を見抜かれたくないという素直な気持ちも芽生え始めていた。それなりに仲間と呼べるものたちが出て来た以上、やはり頼りない所は見せたくない。勝手に尊敬してくる者もいる。それに応えるつもりもないのだが、しかし無下に裏切ることはしたくない。そんな複雑な感情が渦巻いていた。


 そういう中で、俺はふと、これまで出会って来た者達のことを思い浮かべた。すると、不意に接近してくる者達の存在に考えがよぎったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る