第31話 奇妙な再会
俺は悪魔に気付かれぬよう、二人の様子をじっと観察した。体が細かく痙攣しているようにも見える。詳細は分からないが、二人は悪魔による不思議な力に対抗しようとしているのだろう。
そうなると、悪魔は想像以上に力を持っていることが窺える。このままではまとめて全滅してしまう可能性もある以上、俺だけでも逃げるという選択肢もある。悪魔がどういう仕組みで二人の自由を奪っているか知らないが、俺もその術に掛けられてしまっては本当に全滅してしまう。
ただ、俺が逃げている間に二人がどういう目にあうか分からない。
さてどうするべきか。しかし考えてはみたものの、選択肢はすぐに吹き飛ばされてしまった。
ルルーゼの甲高い声が静寂を引き裂く。
「ロジタール、後は頼んだわ!」
これである。しかし、俺自身、その言葉をどこかで待ち受けていたのも事実だ。彼らを見捨てるという判断はできない。
やる気を出して悪魔の様子を観察してみると、奴は周囲を警戒しているのかその場を動こうとはせず、二人との距離を詰めるでもない。もっとも、悪魔の姿は所々がガス状になっている。はっきりした輪郭が見えず、細かな所作まで分かる訳ではない。
魔法を掛けられたか、もしくは何かしらの条件を満たしてしまったのか、二人は相変わらず体が動かせないようだった。可能性を考えれば悪魔の仕業と考えるのが普通だが、睨まれるだけで身体の自由を奪ってしまうような化け物であれば、不用意に近寄ることはできない。
まだ何か、奴を判断する材料が欲しい。闇雲に動くのは危険だ。
「……」
俺はとある行動を思いついた。これも全員の生存の可能性を模索する為だ。俺は心の中で小さく謝りつつ、緩い衝撃波をフィッシャーに向けて放った。
「ぐおっ!」
短い叫びと同時に、フィッシャーの体が仰け反る。
「おっ、体が動くぞ!」
フィッシャーは体の自由を取り戻したらしく、すぐにその場を離れようと身を屈めた。
だが。
「ぐっ、またか……!」
悪魔の一瞥と共に、瞬く間に再び体の自由を奪われてしまったようだ。
俺はその間も悪魔の動きを観察していたが、奴はその顔の向きをフィッシャーに向け、何事か呟いたようにも見えた。
となると、真正面から奴と対峙するのは得策ではない。
奴にはもちろん、二人にも気取られぬよう、もっと奴の近くに移動するしかない。俺は細心の注意を払いながら、木陰を縫って左方へ回り込んだ。
すると。
「あいたっ……」
一瞬目を反らした瞬間、俺は何かと体をぶつけてしまった。声を押し殺すことには成功したが、漫画の表現よろしく、衝撃で目の前がチカチカする。
不気味な静寂が流れる。もどかしい思いをしながら、俺はようやくのことで目を開いた。
ッ!!
そこには見知った顔があった。
どうやら相手も頭をぶつけたようで、目をしぱしぱさせている。そして、ちょうど回復するタイミングが同じだったようで、俺たちは目を見開いたと同時に短い叫びを上げたが、その後の行動は早かった。
「話は後だ、影と距離を取る、ついて来い」
その男は懐から小さな木製の杖を取り出すと、悪魔がいる方角とは別の方角へ杖を振りかざした。小さな空気の振動が走ったかと思うと、彼方にある木々の表面を荒々しく削りとりながら、一陣の風となって突き進んでいく。
ゴリゴリと木片を削ぎ落としながら風が走る。その耳障りの悪い音に悪魔が注意を寄せた。その瞬間を逃さず、俺たちは一目散にその場から逃げ去った。
茂みに潜んでいたのは魔術師のロングランである。先日会った時と服装はそのままに野暮ったい土色のローブを身にまとっている。ただし見慣れない緊迫感に包まれているのが何とも真新しい。
それは勇者キジンジと武を競った時にも見せなかった真剣な顔付きだ。こう言ってはなんだがこの男には似つかわしくない。
俺はフィッシャーとルルーゼが心配だったから、その場をあまり動きたくなかったのだが、ロングランの迷いない行動を信じてそれに従うことにした。屋敷から遠ざかる形で森の中を進み、そこで息を整える。しんとした空気の中、二人の荒々しい呼吸の音が響き、やがてそれもおさまると、より一層深まった静寂に包まれた。
ロングランは俺の不安を察したのか、先回りして呟いた。
「ふぅ、とりあえず、この辺りまで来れば安全だろう。心配するな、あの二人ならすぐに殺されるようなことはない。奴に特定の意思はない。動きを封じることや補助的な能力に長けているが、能動的に人間を殺そうという意思は持たない」
「そうは言っても、彼らは動けないんだぞ、そこを奴の仲間なりに襲われたらどうする?」
「まあ待てよ、俺がさっき言った安全、それは彼らのことだ」
「うん? とすると俺たちは?」
ロングランは笑みとも恐怖とも見えない複雑な表情で俺を見る。
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