第83話 勇者たちは見事に魔王を打ち倒す

 ユウの話を勇者は聞いてくれない。

 …というより、ユウが教えなかったとも見える。


 彼がストレートに言えなかった二つの理由がある。

 一つはこれから先、何が起きても対処できるよう、自分で気づいて欲しい、そう思ってしまったこと。

 もう一つは、その元凶の一つが自分ではないと、考えてしまっていること。

 そして3つ目を敢えてあげるなら、四人が協力するところを見たかったこと。


「…天魔大戦はまだ終わっていないのかもしれない。まず、そこがポイント…」

「そうかよ‼俺の知ってる話とちげぇな‼」


 アスナメタルだったか、固い金属が打ち付けられる。

 直接攻撃はユウの体と接触する為、時空の歪みが発生しない。

 それは信じてくれたのに…


「気象がおかしいよね。あれは、この世界は時が止まっているって意味だ。…誰かが、天魔大戦を止める為に世界の時を止めたんだ。そしてそれを逃れる為にマリスは自らを使って泡沫の世界を作った。」

「天魔大戦は終わった。お前、釈迦に説法って言葉を知らないんだな。やっぱ異世界人だから?僕は大法王だ。やろうと思ったら、近接攻撃だって‼」


 初めは怖くて持てないと言っていた鋭い武器も、今のナオキは平気で振り回す。

 力の使い方に慣れたのか、誰かを傷付けることに慣れたのか。


「だけど、時間を動かさなきゃ世界は消えてしまう。だから、ほんの少しだけ時を進める必要があった。それがデビルマキアって呼ばれてる。俺はそう思ってる」

「ソレが本当だとしたら、ここに住む人間は皆死ぬんだろ!!それをお前は引き起こそうとしているんだ」


 同時に攻撃するのに、二人は手間取っていた。

 そもそも前衛型と後衛型だ。スキルの違いもあって、なかなかタイミングが合わない。

 そのお陰で世界についてを話すことが出来る。

 後は、受け取り手がどう感じるか


「そうだけど、そうじゃない!!こっちの世界の俺は、小学生の時、地球に連れて帰られてしまった」

「ずっと、嫌味な奴だな。僕のサナを同じ手で誘惑したんだろ!!」

「そんな話はしてないって!」

「してんだよ!アイカもお前のせいで変わっちまった!!」


 ユウの武器は、自らの体。と言っても、前の体。

 あの時、弓を地面から取り出したように、二本の剣を大地から引っ張り出した。

 マリスソードと名付けるべき剣で、二人の攻撃を受け止める。


「いい加減、そこから離れてくれ!!この話は俺を殺す前に聞くべきなんだよ!!」

「今から殺してやるから言ってみろ!!」

「聞く必要なんてないよ。僕たちには三百年の時間があるんだ」


 抑圧された時間が長かったからか、それとも性格か、ナオキが話を聞いてくれない。

 そも、この話はアイカとサナにした方が早い。

 だけど、あの二人の姿が見当たらない。


「俺があっちの世界に行ったことで、時間軸が繋がってしまったんだ…」

「はぁ?何、意味の分からない話をしてんだよ」

「今度はSF?よくもそんな余裕があるもんだね」

「余裕なんてない!!考えたら分かるだろ!!」


 つい口にしてしまう。

 こんな時に相手を煽ってしまう。

 共に未来を切り開くか、未来を託すかがここで決まる、大切な時間だから。


「俺達人間を馬鹿にするな!!最初から卑怯なんだよ」

「馬鹿にしてなんていない。考えたら辿り着くって…、…あれ?もしかして二人には辿り着かない…?」


 今度は本当の疑問。彼の中で迷いが生じてしまった。


 アイカとサナが夢と勘違いしていたのは、召喚される直前の時間に記憶を戻していたからだろう。


「でも、今までの皆の話を纏めたら…」


 何が起きたか、覚えていなくても推測できる。

 神の力が使える世界。その力で二人の記憶を元の世界に戻したのだ。

 イスルローダは魂を否定したけれど、二人を逃がすにはその方法しかないと思った。

 単なる憶測?いや、その時でもユウはユウ。ちゃんと分かる。

 だけど、それっておかしなことだ。どうして、そんなことが可能だったのか。

 こちらの世界が、時間の主導権を握っているとしか思えない。


「なん…だと?僕には辿り着けないと言いたいのか。地球人は馬鹿だって思ってるんだ…」

「違う。そうじゃなくて、記憶が繋がるっていうのが…。クソ、アイカとサナなら…」


 アイカとサナの場合はほんの少し時間が戻っただけ。

 問題は、全員が死亡したケースだ。

 自分は死なずに、今まで同様に世界へ変わった。それは間違いない。

 太陽の欠片てま証明済みだ。

 ただ、この場合。誰も記憶を引き継いでいない。

 一体、どの時代から何回、こちらに召喚されたか分からない。

 それこそ彼らが歪んでしまう程に


「あぁあ。やっぱ、許せねえわ」

「同感だね」

「今、あっちの世界は時が止まってるかもしれない。マリスの世界は泡沫の夢なんだ。だから、元の世界が消えてしまう…かも。その繋がりを断ち切らないと!!」

「この世界は終わらない夢…だ。そろそろいいよ、サナ」

「アイカも、…もういいぜ。魔王の動きが弱まってる」


 そしてここで、魔王の運命が遂に終わる。

 召喚されては死んでいった彼らの怨嗟、その残滓に呑まれていく。

 信じていたんじゃなくて、信じたいと思っていたこと。

 それが、彼の敗因。賢者なら気付けた?気付きたくなかった。


「え…?どうして…」

「どうしても何も、アンタのお気に入りはアンタの弱点でしょう?」

「魔王を倒して平穏を得る為だもん。これは正当な勇者の行いだよ」


 白銀、紫、そして薄紫。


 一体、どれほどの苦痛を味わったのか。ボロボロの体、涙でグシャグシャな顔。


「おい…、待てよ。カルタはお前達の子孫…だぞ。カルドは…?カルドはどうした…」

「ユウ…、ゴメン。ウチ…。お兄ぃはコイツらに殺された…。ウチのことはもういいけ…、泡沫の夢を…」

「ナオキ、死なれたら困る。彼女に回復を!!」

「了解。作戦通りだね」


 カルタの体の傷がみるみる治っていく。

 でも、彼女の表情は暗いまま。

 心は死んだまま。


「これが魔王の倒し方。魔王の弱点をつくなんて、勇者の常識でしょ。子孫は子孫でもアタシ達には関係ない子孫。アンタの影がそう言ったでしょ」

「私達の子孫はこれから生まれてくるもん。魔王、そのまま動かないで。どうなっても知らないよ」

「ダメ!こいつ等は勇者なんかじゃない。ウチなんか…」

「ねぇ、カルタちゃん。さっきから言ってるでしょ。アタシ達は勇者なの」

「嘘だ…。お前たちは悪魔だ!!」

「もっと痛めつけよ?なんか、心苦しいし…。のど、潰しちゃおうか」

「分かった!!」

 

 そして、ここでユウのターン、魔王のターンは終了する。

 最後まで勇者を信じたいと思ってしまった、魔王の負けだ


「…分かったから、カルタを傷つけるな。俺が死んだら…、世界を…」

「あぁ。永遠に続く安寧の世界の為に、…じゃあな、魔王様」

「ユウゥゥゥゥウウウウ!!!!」


 ──ザン!!!!!!!!


     □■□


 薄紫の髪の少女は涙が枯れて崩れ落ちた。

 ここで、奇跡の復活をするなんて思えないほど、ユウの体は引き裂かれて、グチャグチャにされた。

 人質を使っての、大人数での同時近接攻撃。

 勇者レンが頭を切り落としたのが、決め手であった。

 彼は白髪を掴み、美少年の死に首を集まった人々に見せつけた。


「魔王は死んだぞぉ‼俺達勇者が平和を勝ち取ったんだ‼」


 大剣豪の横隔膜で、数十km以上にまでその声は届く。

 あの時の文面もあり、世界中が歓喜に打ち震えた。


「やった!やったぞ。これで平穏がやってくる!」

「デビルマキアが来ねぇってことだよな」

「そうよ。良かったぁ…。勇者様に感謝しなくちゃ」

「勇者様っ!勇者様っ!勇者様っ!」


 そんなところにもいたのか、こんなにもいたのかと驚くほどのカラーズが、勇者の所に駆けつける。

 大歓声に包まれて、毒の沼地も酸の沼地も溶岩の沼地、その周辺がお祭りムードに変わる。

 魔王が死ねば、世界に平和がやってくる。


「ほんと、現金な奴らだぜ」

「ま、異世界人なんてこんなもんだろうね」

「アイカちゃん、やったね!」

「全く。一時はどうなるかと思ったわよ。ユウが本当にアタシ達を信じてくれて助かったわね」


 勇者は須く魔王を討つ。終わってみれば、なんてことはない。

 世界を救う勇者の物語。


「そうだね。でも、あの子だって時間が経てば……、あれ?何処に行ったんだろ。心のケアをしないとって思ってたのに」

「放っときましょうよ、時間が癒やしてくれるわよ。アタシ達にはいっぱい時間があるんだから」


 彼らは友人を殺した。でも、不思議と清々しい気分だった。

 最初にレンがかかったチャーム。アレと同じ感じで全員が魅了されていたのだろう。

 と、今なら思える。


「…その…、レン?アタシとのあの約束、…本当だからね」

「へへ。分かってるっつーの。その為に俺様は頑張ったんだしな」

「…馬鹿。その腰つき止めなさい。そ、それより今までゴメン!アタシ、完全に間違ってた」

「俺もゴメンだよ。でも、大丈夫だ。俺達の未来はこれから始まるんだ。…1からやり直そうぜ」

「アタシ、あんたのそういう前向きなところ、大好き」


 アイカは頬を染め、レンは満面の笑みで、新たな時代の始まりを喜ぶ。


「ナオキ…ごめん。私も騙されてた」

「もう!僕はずっと待っていたんだからね。僕はずーっと君のために」

「でも、ナオキも浮気…」

「なななな。アレはちが、アレは勇者としての性で…、そうしないと…」

「ふふ、冗談だよ。私だって前科があるし」

「へ?前科って?」

「ううん。前世の前科だから、私のは時効だよね。でも、ナオキのは」

「これから新しい世界が始まるんだよ。それも時効…ってことで」


 ナオキとサナは今度こそ、固く固く互いの手を握りしめた。


 やっぱり友情と努力と愛情が勝った。

 新たな時代を連れてくるのは、勝利した彼ら。

 帰る方法を探さないといけないけど、時間はたっぷりある。

 そういえば、ユウが何か言ってたけど…、きっと大丈夫。


 ガラ…、ドン!


 三日月型の太陽が崩れ落ちる。

 だけど、真っ暗にはならない。

 新世界の始まり、その後ろには眩しい空が見える。


「ひゅー、眩しいぜ。ってか、ギリギリだったんだな」

「そうね。ユウが誰よりも約束を守ってくれる人で助かったわね」

「ユウは誰も犠牲にしない人。自分を犠牲にしてみんなを守れる人。凄い人だもん。…あそこでカルタなんて知らないって言ったら、間に合わなかったんだけど」

「誰も死なせたくないって思える優しい男。彼の正義のお陰で、僕たちは未来を掴めるんだね」

「だな。惜しいやつが死んじまったな。俺達の誰よりも世界を憂いて、行動で示してたってのに」


 手のひら返しか、良い人ぶっているのか、それとも何も考えていないのか。

 いやいや、喉元を過ぎればって感じだった。

 間違いなくユウは死に、前の世界は壊れて、新たな世界が生まれている。


 ガラガラ、ボドボド…


「見て‼空が白い…」


 前の彼の体から作られた世界が、罅割れて崩れ落ちていく。

 空は真っ白で、この世界に伝わる真白の世界とはこのことだと、彼らは確信を得る。


「やっぱり伝承は正しかったんだ。死んだのは魔王の方だったけど」

「ナオキ。死んだ人間を悪く言うのは止そうぜ」

「僕は別に…、そういう意味で言ったんじゃ…」


 正義感に溢れ、人々のために自己を犠牲にできるユウ。

 前の世界の、その前の世界の、更に前の世界のユウも、…いやマリスは自らの体で人々を守った存在だ。

 つまりはマリスの体が天から、何処かへ崩れ落ちていく。

 世界の壁もボロボロと崩れ落ち、そこから光が差し込む様子は正に再生だった。


「新たな三百年が生まれるんだよね…」

「そうみたい…ね。アタシはあの後のことを知らないけど、サナは少しだけ残ってたんだっけ」

「うん。でも、その後は私もアイカちゃんと同じ。真白君が世界に変わるところは見ていない。私は真白君と約束したし」

「そこはアタシも同じね。次の世界の為の準備…。記憶を持ち帰って、みんなを…」

「ね。もうやめない?それも全部嘘だったんだし…」

「…そうね」


 破壊と再生が目の前で目まぐるしく行われている。

 過去を、あの罅割れの中に放り投げて、女二人は手を繋いで歩き出す。


「さて。それじゃあ、一旦帰って休むとするか。今後のことも話し合わねぇとな」

「マイマーの好きにはさせないぞ」

「だから、そういうのも含めて、ゆっくり話合おうぜ。な、アイカ」

「…うん、そうね」

「それじゃ、アイカちゃんも皆もまた、スマホで連絡するね!」

「そう言や、スマホだった。魔法硝板なんて言い方をやめさせるところからだな」

「そうだな。偶にはレンも良いこというじゃないか」


 太陽は崩れ落ち、世界の崩壊が始まった。

 日焼けの後に皮が剥けるというより、ゆで卵の殻が割れるように。

 世界が生まれ変わる。

 そして、彼らの関係も一つステージが変わる。


「サナ、また連絡するわね」

「うん。私からもする」


 勇者の凱旋、彼らにはパトロンが沢山いるのだ。

 だから、彼らは一度帰宅することにした。


 四人の勇者は魔王を倒して、自分たちの家へと帰る。


 ──これで本当に終わり?


 次回、エピローグ?


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