第82話 魔王は世界である

「確かにチートと言われてもおかしくない。でも、これは二日もあれば辿り着けたことだ」


 チート行為と言われた魔王は、少ししょんぼりして玉座に座りなおしていた。


「今、槍が止まったように見えたぞ。そんな能力、イスルローダの追記には書いていなかった。これはお前と悪魔が嘘を…」

「ねぇ。どこかでアイカもサナも聞いてるよね。これでやっと話が出来る…」

「何が話だ。お前の目的は…」


 翠の勇者ナオキが意気消沈してしまったので、レンと魔王との一対一の会話に戻っている。


「勿論、戦うこと。今の俺を倒せるなら、三百年後にデビルマキアが始まっても、どうにかなるかもって思ったんだよ」

「…で、お前を倒せなきゃ、そのままデビルマキアがやって来る。お前の望んだデビルマキアがな」

「望んじゃいない。でも、来ないと大変なことになる。関係ないって皆は思っているみたいだけど」


 先ほどの大魔法で、更に酸の沼と炎のマグマの沼が広がってしまった。

 だから、結構な距離での会話。だけど、互いに力を持っているから会話が成立する。


「その大変な事ってなんだよ…」

「それを知ってもらう為には、どうして俺に遠距離攻撃が効かないのかを分かってもらう必要がある。だから、仕方なく受け入れてた。身を以て体験すれば、分かるかと思って」

「何が身を以て体験だよ。あんなのただのチートだ。イスルローダが嘘を書いたんだ。チートだ。僕たちには絶対に勝てないっていう、チートスキルを貰ったんだろ。だって、アイツも悪魔だ。デビルマキアの到来を望んでいるんだ。さっきからチートを使ってるくせに偉そうなんだよ。このチート野郎‼」


 意気消沈から、なかなか素早い立ち直り。

 だが、ナオキはずっと不満顔でチートと連発している。

 言い切った後も、小さな声でチート、チート、チートと言いながら睨みつけている勇者。


「勿論、その不平は甘んじて受けるよ。でも、あのリライト自体は間違っていない」

「嘘だ。チート野郎は、大体嘘つきなんだ」


 話し合いにもならない状況。勇者の沽券に関わってくるから、意地になっている。

 とは言え、この話を進めないと、あの話を理解してくれないと、魔王は思っていた。

 そして、実は…


「魔王認定してくれたことで、ちょっと助かった。俺はそのおかげで賢者にならなくて済んだんだし…」


 あの言葉はユウを助ける言葉でもあった。

 賢者なら、全員が助かる正しい道を見つけなければ、というプレッシャーに押し負けそうだった。

 だけど、魔王と割り切ってくれたら、言いたいことを言っても魔王だからと済ませる気がした。


「って、それはいいか。——ねぇ、レン。あの時、イスルローダが俺のスキルのリライト以外にやったことがあるんだけど、…それって何か分かる?」

「チートだろ‼僕たちには絶対に勝てないとか、弾が当たらないとか、そういうチートだ‼」

「えっと…。レンに聞いているんだけど…」

「あの奇妙な空間のことだよな…。あの時は…、イスルローダの力で俺達がお前のスキルの説明を見えるように…」


 レンは考える意思を持っている。ならば、とユウは魔法硝板に書き込んだ。


『水平線の何処にも見当たらない姫君。二人には分かるんじゃない?あの時、イスルローダがやったこと、そしてどうして俺に遠距離攻撃が当たらないかってこと』


     □■□


 Brrrrrrr…


 二人の肩が浮く。目が引ん剝かれる。


「ど、どうしよう。アイカちゃん…」

「どうするも何も…。この話は聞いておくべきよ。それに準備は整ったんだし」


 記憶があるから、あの男二人よりも器用な真似が出来る。

 その自覚は二人にもある。


「アタシ達にはアドバンテージがあるのよ。今までも、これからも…」

「そうすることでしか、私たちの終わらない夢は成立しない…。そう…だよね」


 魔王退治の準備は整った。

 だから、女勇者二人もついに魔王の前に見参する。


「一体何のこと?アタシ達はずっと後ろの方に居たから、聞いていないの」

「そ、そうだよ。こんな文章を送られても…、何のことか分からないし」


 とっておきの作戦を悟られてはならない。

 必死に知らぬ存ぜぬを繰り返す二人。

 ただ、魔王は特に気にすることなく、寧ろ笑顔で二人を出迎えた。


「やっと全員が揃ったね。これで思い残すことはないかも…」

「あれ。お前ら、居たのかよ。まぁ、いいや。俺は今、魔王と頓智比べをしてんだよ。お前らにゃ高度過ぎるかもしれねぇけどな」

「何よそれ。アンタは戦いなさいよ。それで、もう一度最初から言ってくれるかしら?」

「あ、そか。それじゃ、レン。さっきみたいに投げて。リンネ、彼に同じ槍を…」


 アイカは紫魔女を半眼で睨むと、彼女も気付いたのか、申し訳なさそうに帽子のつばを掴んだ。

 この仕草は召喚された当時からやっている。当時は、記憶を持っていることを悟られない為だったが、今は何か隠し事がある時に出る癖になってしまった。


 ただ、魔王は気付いた様子もない。

 美青年から美少年に変わり、男女ともに惹きつける笑みを浮かべている。

 吸い込まれそうになる気持ちを押さえつけ、アイカは黄金勇者に両手を翳した。


「…アイ・カーネイション」


 その瞬間、レンの体が白銀の光り輝く。

 黄金に白銀が乗った豪華仕様、将来の芸術家が大枚をはたいても再現は難しいかもしれない。


「おおお。すげぇ。やっぱアイカラブだわ」

「余計なこと言わないでよ。ほら、さっさと投げなさい」

「分かってるよ。でも、三百年もあるんだ。全部が終わったらさ…」

「はいはい。分かったから」

「ちょっと待って。僕にも考えがある。サナ、行けそう?」

「うん。大丈夫だよ」


 勇者は四人が集まることで、途端に雰囲気が変わった。

 その様子にニコニコな魔王。美しいが故に不気味にも映るが、やはり魅力の方が圧倒的だ。


「髪と目の色は違うけど、あの時の再現だな。アイツさえ現れなければ…。レン、勢いで殺してもいいんだぞ」

「…分かってるよ。んじゃ、行くぜ」


 先の力もとんでもなかったが、アイカのバフ魔法を受けて、更に速度が増す。

 そのスキル名は


「──恋愛レンアイ・極大槍レールガン‼」


 これはもう勝ち誇ったって良い。


「サナ、行くよ」

「うん」


 小説でも漫画でもアニメでもゲームでも…


「サナ・トリウム‼」「マジックナオウェイト‼僕とサナの未来を奪わせないぞ‼」


 ──最後に愛が勝つに決まっている。


 アイカとレン、サナとナオキ、それぞれが力を合わせて、魔王を討つ。


「くたばれ、魔王!!」


 四人の勇者が魔王の前に集結したのだから、突然のクライマックスが来てもおかしくない。

 それぞれの恋愛を応援していた魔王様も、これにはニッコリ笑顔。


「死ね死ね死ね!!ブッ刺され!!」


 だけど…


 サナとナオキが作った障壁が、奇妙に歪む。

 アイカが放った精霊魔法が、レンの投擲槍の速度を落とす。


「嘘…だろ?」

「くそ。やっぱりコイツは!!」


 今までそうだったように、男女の恋愛が引き裂かれていく。

 馬に蹴られて地獄に落ちる運命、だが今の彼は魔王だから、地獄から邪魔をしているのだろう。


 愛と勇気の結晶が砕け散った後の槍は、ただ失速して魔王に届かずに、酸の沼という地獄に落ちていった。


「今の…何?アタシ達のスキルが干渉した?こんなこと今までなかったのに…」

「こんなのおかしいよ。私達は一生懸命やってるのに…」


 そして、天使の輪を白髪に宿す、地獄の使者は真剣な顔に戻って、四人に話しかける。


「今ので分かったよね。イスルローダは嘘は言っていないって」

「何処がだよ!!」

「大事なことだから、もう一度言うよ。あの時、イスルローダは何をした?」


 本当に大事なこと。だから、自分たちで気付いて欲しい。


「俺のスキルを書いた後、イスルローダは…?」

「何言ってのよ。その後はここに戻って来ただけじゃない」

「あっちは動きにくかったし…」


 とは言え、ここで大きく頷くのは流石に…


「そのこと?ここに飛ばしたことが…」


 過保護というもの。今までだってそうだ。ユウは彼らに甘すぎる。

 そのユウの表情を汲み取った、サナが一番に辿り着く。

 酷く青ざめた顔で…


「私…分かった…。でも、こんなの…」

「サナ、分かったの?」

「何なんだ。俺にも教えてくれよ」

「う…うん。この世界って…、ユウ…だよ」


 そして皆が目を剥く。青ざめる。


「だから…、全てがユウに有利に働く…」

「やっぱり…、チートじゃないか。ユウ‼卑怯者め‼」


 魔王という呼び名も忘れて、ナオキは頭を掻きむしる。

 レンもアイカもサナも、三白眼でユウを睨みつける。


 だけど、こんな事実は飛ばされた瞬間に気付いて欲しかったことだ。


「卑怯者でいい。でも、この世界が俺だったことと、さっきの意味不明な物質の動き。それから世界がおかしい件を…」

「うるさい‼だったら、最初から決まりじゃねぇか。希望を持たすようなこと言うなよ‼」

「いや、だから…」

「最低…。ずっとニヤニヤしてたのね…。高みで見てたの…、アタシたち虫けらが努力してる姿をザマァって?」


 どうあっても話がかみ合わない。どこかで間違えた。彼らの気持ちを理解できなかった。


 やっぱり…、違うんだ。俺とみんなは…


「分かったよ。確かに俺は異世界人だ。異世界人の俺が地球の心配をするっておかしい…よな」

「勝手に呼び出しておいて、よく言うわ」

「それについては申し開きようがない…。全部、俺のせいだから」

「そうよ。だから可哀そうなアタシたちの為に死んでくれる?」

「そうだよ。お前が死ねばいいんだ」

「私たちだけじゃない。ここにいる全ての人の為に…、お願いだから死んで」


 そして、真っ当な会話も出来なくなる。いつかと同じだ。皆の為に死ねと言われ続ける。


 それでイスルローダは、あの一文に拘っていたのか。


「だったら…。戦うしかない。自害じゃ、俺は世界にならないから…」


 誰かに殺されなければ、世界になれない。

 あの文言はあの悪魔がアドリブで入れた言葉。

 こうなることを知っていたのか、似たような会話が過去にもあったのか。


 …そか。その戦いを通じて、話をすればいいのか…な

 だって、このまま何も知らない。気付かないのは…、やっぱり嫌だから。


「…だったらよ。お前の殺し方を教えてくれや。俺たちがこんなにもがいてるんだからよ」

「チート機能をオフにするだけでいいよ。ちょっとくらい抵抗してくれなきゃ、殺し甲斐がないし」


 と、思っていたら教える気もなくす言葉が返ってくる。

 元々、相性が悪かったとしか言いようがない。やっぱり彼が言ったように友達選びを間違えたのか。


 だけど、最後の望みは戦いの中で理解してくれることだ。

 魔王の倒し方。それを考えてくれるだけで、もしかしたら


「俺の…殺し方。…それは近接攻撃だよ。遠距離だと時空の歪みが勝手に起きるから、俺が死なないように世界が調整する」


 こちらの世界の人間が、あちらの世界に行き、逆輸入されて勇者になったことが、理由の一つである。

 それにスキルも大賢者の領域に届いているから、世界に変わった時の自分と同じ。 

 言ってみれば、世界の方が誤認している。体の一部だと思い込んで、生きる為に反射が起きる。


「…そういうわけだから、直接攻撃なんだ。繋がっている限りは切り離せない。ただ、もしかしたら二人以上が同時に攻撃した方が…いいかも。理由は──」


 ただ、顔をあげた時には、四人の勇者の二人が視界からも、水平線の景色からも消えていた。


 そしてユウの心には、…胸糞悪い予感だけがしか残っていなかった。

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