第39話 ボクたちはキミたちとともに(1)
「ミコト、短い間だったけど、お世話になったの」
と、マビが深々と頭を下げた。それに合わせて他の山彦たちも「お世話になったの」と口にしながら頭を下げる。
ミコトは今、井戸の前でマビが率いるたくさんの山彦とタロジ、フゥリ、ミケツ、そして、うさぎと向かい合っている。
井戸の前にズラリと妖怪が並び、物々しい。
妖怪の反乱を起こしたお祭りの日から、一日が経過していた。真夏の眩しすぎる光が木々を通し、ミコトたちに降り注ぐ。
「ねぇ。みんな本当に地獄に帰っちゃうの?」
ミコトはしょげるように肩を落としながら、妖怪たちを一人一人見る。
「そりゃあね。帰ってもらわないと困っちゃうからね。だって、妖怪がいたら人間たちがパニックになっちゃうでしょ?せっかく混乱が収束したってのに、また妖怪が現れたら大騒ぎになっちゃうよ。頭のいいミコトくんならそれくらいのこと、わかると思うけど?」
井戸の端にちょこんと乗ったうさぎが嫌味ったらしく口を開く。うさぎのこの調子に傷つき、考え込むこともあったが、この数日でだいぶ慣れてしまったのか、はたまた、本気の嫌味じゃないからか、今はなんとも感じなかった。
「そう、だけどさぁ……。でも、俺、明日東京に帰るんだよ?それまで一緒にいてもいいじゃん。一日くらい多めにいても何も変わらないでしょ?」
「そうも言ってられないんだよ。今は妖怪たちの反乱の後始末で地獄も地上もてんてこまいだ。せっかく人間たちの記憶をいじったのに、妖怪たちがここに残って他の人間たちに目撃されたらどうする?まだ洗脳は完璧じゃないんだ。今回の騒動のせいで妖怪の気配に敏感になってしまった人間もいる。そんな不安定な人間たちに妖怪を見せて混乱させたくないんだ。人間たちの認知を歪めるのにどれだけの神の力を使ったのかミコトくんも妖怪の友達三人から聞いたでしょ?」
ミコトは曖昧に頷いた。
それはミコトが目覚めてすぐのことだった。
ミコトの布団の上で、ちょこんとマビ、タロジ、フゥリ、それにミコトが座り、そこで四人は天狗と対峙した時のこと、ミコトが倒れてからのことなど、神社で怒った出来事について話し合っていた。
「ミコトくん、眠るように、気絶してたんだよ。私、すごく、心配だったんだから……」
「マビも、すごく、心配だったの。でも、寝てる時、脈も呼吸も落ち着いてたから、きっと大丈夫だって思ってたの」
「心配かけちゃって、ごめんね。でも、ほら!俺はこんなにピンピンしてる!」
ミコトは腕でマッスルポーズを作り、にこりと笑った。嘘ではない。幸いにも大きな怪我もなく、ミコトは健康そのものだったのだ。
「にしても、まさか天狗を倒したのはミコトだったとはなぁ……。ミコトが突然倒れたのにもびっくりしたけど、横を見たらさっきまで偉そうなこと言いながら空を飛んでた天狗が地面でへばってるんだもんな」
「ほんとびっくりしたの!すごいの!天狗がやられた瞬間に、急激に妖怪たちの力が落ち込んだのもびっくりしたの!まさか、天狗が裏で手引きをしてるなんて、さすがのボクも気が付かなかったの!」
「……ほんと、ミコトくんのおかげで、大きな力を失った、反乱者たちを、捕らえることが、できたし、ミコトくん、お手柄だね」
三人の視線がミコトに集中する。口々にみんなが褒めるため、どこか気恥ずかしい。
「そんなことないよ。俺も知らないうちに決着ついてて、何が何だかって感じだったし……。でも、無事に反乱が収まって良かった」
「ほんとなの。あのままだったら日本が妖怪たちに侵略されてたの。危なかったの」
「……みんな、ありがとね。俺の味方になってくれて……。俺、ずっとうさぎと繋がってたのに……。それなのに、俺の味方になってくれて、人間の味方をしてくれて、ありがとう」
「おいおい、そんな頭下げんなよ!別にミコトのためじゃないぞ!オイラはお前が殺されたら楽しい楽しいゲームができなくなると思ったからお前を助けたんだ」
「嘘なの。タロジ、ミコトのこと一番心配してたの」
「うん。誰よりも、ずっと、心配して、布団のそばにいた」
「おい!勝手なこと言うな!オイラはミコトのことよりもゲームの心配をしてたんだ!」
タロジがそっぽを向きながら、鼻を鳴らして腕を組む。その様子がおかしくて、ふふっと声が漏れてしまった。
「本当に三人共、ありがとう。俺、三人がいなかったら死んでたと思う。三人がいたから、今こうして笑えるし、こうしてみんなと話せるんだ。本当にありがとう」
ミコトは改めて、深々と頭を下げた。三人の心遣いがありがたい。身に染みる。一緒にいた期間は短いのに、戦友のように思える。
「ううん。私たちも、ありがとう、だよ。ミコトくんは、私たちに、人間とも、友達になれること、教えてくれた。だから、友達になってくれて、ありがとう。人じゃないとわかっても、受け入れてくれて、ありがとう。偏見を、持たないでくれて、ありがとう」
「ありがとうなの!」
「……ありがとな」
柔らかく微笑みながら語る三人の言葉がじんわりと胸に広がる。あたたかい。
「ありがとう。俺も友達になれたのがみんなでよかった。こちらこそ、人間の俺を受け入れてくれてありがとう」
「はは、ありがとうばかりで話が進まないな」
「進まないの!」
四人で顔を見合わせて笑い合う。楽しかった。面白かった。ここにいるみんなは紛れもない戦友だ。大切で守りたいと思う友達だ。
もしかしたら、同じクラスの同級生以上に心を通わせているかもしれない。
ミコトがそんな風に考えていると、タロジがぼそっと、
「でも、あの神様のうさぎも考えたよなぁ……」
と、つぶやいた。
「えっ、何が?」
「だからさ、人間たちをうまく出し抜いたなぁと思ってさ」
「あぁ……たしかに。本当、神様って神って言うだけであっていろんなことができるんだね」
ミコトは感心するように数上頭を上下する。
天狗たちがやられた後、反乱に巻き込まれた人間たちは、催眠を得意とする神の一人に『今回の出来事は食中毒による集団幻覚だ』という集団催眠をかけられた。そのために、あの祭りに参加していた者たちは『屋台の食材に幻覚を見せるキノコが入っていた』と思い込んでいる。怪我した者は幻覚により、自傷行為や互いに傷つけあったと信じ込み、また、信仰深い者は神社のお稲荷さんに対して信仰心が薄れているせいでこうなったと思っているようだ。
祭りにいた者はミコトの家族含め、皆、『食中毒』であることに疑問に思うことなく、事態は収拾した。その代わり、今年の祭りは全て中止になってしまったが。
誰もこの事態を不思議に思うことなく、あまりにも簡単に収束したため、少し肩透かしを食らった気分になる。
「神様はいろんなことができるの。でも、それもたくさんの神様がいるからなの。神様一人だけなら無力なの。何もできないの。今回もいろんな神が集結して何重にも催眠と洗脳をしたの。その様子をマビも見てたけど、すごく大変そうだったの。でも、だからこそ、今回の騒動は一日も立たずに解決したの!神たちもやる時はやるの!」
「……それと、時間が経ったら、人間は、昨日の出来事を、忘れる暗示も、かけられた。だから、そのうち誰も、昨日の出来事を、思い出せなくなるみたい」
「……そっか。でも、それが一番の解決方法だよね。妖怪に襲われただなんてトラウマになっちゃうし、妖怪は悪いやつっていう偏見を持たれちゃうし……。そういう偏見や思い込みが今回みたいな争いを生むこともあるから、神様たちが催眠をかけてくれたことに感謝しなくちゃ」
ミコトは大きく首肯した。
今回の妖怪の反乱は人間と妖怪が再び対立し合う火種になりかねない。今度は人間側が妖怪に酷いことをするようになるかもしれないのだ。憎しみが憎しみを呼び、恐れが恐れを呼ぶ。共存を望むミコトとしては、その負の連鎖を断ち切りたかった。
だから、うさぎの言うように妖怪のことで再び騒ぎになることを避けたいという気持ちもわかる。いつだってうさぎは正論だ。だけど、ミコト自身がこの戦友四人と別れるのが名残惜しいこともまた事実なのだ。
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