第25話 お狐様(2)
「それは……、妖怪が悪い子だって思えないからです。人間に害を及ぼす妖怪がいるのも、妖怪に害を与える人間がいるのも、わかります。何百年も前に人間と妖怪が共存できるように挑戦したけど失敗したって話もうさぎに聞きました。……それでも、俺はマビとタロジと友達になれた。見えないとは言え人間と妖怪がお互いに干渉せず、お祭りで一緒の空間で楽しく過ごせてた。完全に無理だとは思わないんです。……でも、それは建前かもしれません。本当のこというと、俺自身がマビとタロジと友達でいたいんです。対立したくないし、地獄に戻ってほしくない。たくさんの理不尽を押し付けられた二人に、これ以上の理不尽を押し付けたくない。不可能だってうさぎに言われても、ずっと二人といい友達関係でいられたらいいなって思ってしまうんです」
ミケツがじっとミコトのことを見つめる。美しい黄金の毛並みが、風の動きに合わせて揺れる。
「……うむ、ミコトの言いたいことは理解した。では、質問を変えよう。お主は『神』と『妖怪』の違いはなんだと思う?」
「神と妖怪の違い……。そんなこと、考えたことなかったです……。そう、ですね……。威厳とか、オーラとか、強い力とかがあるのが神様、なんじゃないでしょうか……。いや、でも、うさぎには威厳はなかったし、妖怪も強い力を持ってる人もきっといますよね……。そうなると、違いってなんなんだろう……」
「そう、考えてみると難しいもので、神に共通しているものが妖怪にも共通していたり、妖怪に共通するものが神に共通していたりする。人でない、という点で言えば、神も妖怪も紙一重だ。……いや、紙一重ではなく、ほとんど同じような存在なのだ。本来は、『神』と『妖怪』に違いはない。ただ人が勝手に『神』と『妖怪』を分けただけで、はっきりとした線引きなんてどこにもないんだ。強いていうなら、人間にとって都合のいい存在が『神』で、人間にとって都合の悪い存在が『妖怪』だ。人間に好意的、かつ、協力的で、人間を守る力がある存在を『神』と呼び、人間に敵対的で非協力的な存在、または、人間を助けるだけの力を持っていない存在を『妖怪』と名付け、区別しているだけなのだよ。だから、『神』も『妖怪』も本当は優劣などない。『人ではない』という点において、ほとんど同じような存在だからな」
ミコトを見つめるミケツの瞳に、スッと影が宿る。
「……だが、この大地においては、この星一番の強者である人間に好かれているということが非常に重要だった。日本を支配するのが人間だからだ。だから、人間に悪意がある『妖怪』や、中途半端な力しかない『妖怪』は、人間にとって邪魔な存在として、人間に好意的な『神』に地獄へと追いやられた。実際のところ、悪意のある『妖怪』が人間に対してかなり酷いこと、例えば殺人や神隠しなどをしていた事実もある。しかも、『妖怪』は人間が見えるのに、人間は『妖怪』が見えないという不利な点もあった。『妖怪』は人間にとって脅威であり、恐ろしい存在だったんだ。……ワタシは、幸いにも大地を自然豊かにさせる力がある。ワタシは、農作物を作るのが得意でな。毎年人間に祈られた分、人間たちにその力を分け与えていたのだ。だから、ワタシは地獄に送られないで済んだ。『神』として、この地にずっと居続けることができている。……だが、長年の間、一人でこの地を統治していると、考え込んでしまう時がある。本当にこれでいいのか、とな」
ミコトに向けられていたミケツの視線が宙に漂う。
「人間に殺人犯や誘拐犯のような悪い者がいるように、妖怪にだって同じような悪い者はいる。そこには、『人間』も『妖怪』も関係ないと、ワタシは思うんだ。『神』だってそうだ。人間が思うほど、完全な存在ではない。『神』に選ばれた者は、たまたま人間にとっていい力を持っていたに過ぎん。ここから遠い遠い西の国では、『神』が犯罪を犯した逸話が残ってるくらいだからな。『神』同士の争いだってたくさんある。そう考えると人も妖怪も神もそんなに変わらない存在なんだ。……それなのに、人も人ならざる存在も、『人間』、『妖怪』、『神』と区別して、お互いを敵視し、攻撃し合う。それがすごく悲しいことだとワタシは思う。どこかで折り合いをつけて同じ日本で生活できないもか、と考えてしまう。だがな、無理して一緒に生活しようとすると、必ず犠牲者が生まれることも理解している。犠牲になるのはいつだって弱い者だ。弱い『人間』、弱い『妖怪』、それらの存在は強いものになぶられる。たとえば、人間が妖怪に殺されたり、妖怪が人間に虐待されたり、な。結局のところ、共存という願いが叶ったとて、弱い者が我慢を強いられ、苦しむハメになる。だから、難しい。だから、答えが出ない。誰の立場になるかで、答えが変わってしまう。うさぎの考えも、ミコトの考えも、どちらも正しいのだ」
束の間、空間が静まり返った。遠くで虫の鳴く声が響く。ゆっくりと時間だけが流れる。
ミケツの視線はミコトに戻っていた。ミコトはミケツをじっと見つめる。
「じゃあ、俺は、どうしたらいいんですか。俺も正しくて、うさぎも正しい。でも、俺とうさぎの考えは正反対です。どちらかを選択したら、どちらかを捨てなくちゃいけなくなる。それに、俺自身、うさぎの考えの方が正しい気がしちゃうんです」
「……ワタシは答えはなくとも、二つの対立する意見の真ん中というものがあると思う。大切なのは、諦めないことだ。諦めずに模索すること。気持ちさえあれば、きっといつか、答えに辿り着くとワタシは信じている。考え続け、知り続けること、それが一番大切なことなのだ。そして、ミコトのように、自分の意見だけでなく、相手の意見も正しいと考えることも良いことだとワタシは大切なことだと思う。なぜなら、一番恐ろしいことは無知と無知からくる悪意だからだ。人間も妖怪も、互いを知らないから非道になることができるし、互いを攻撃してしまう。それ故に、知ろうとしなければいけない。そして、最善策を考え続けなければならない。わかるかね?」
「はい。なんとなく、ですけど……」
ミコトは姿勢を正した。
ミケツの言葉は難しくて、重い。名言のように聞こえる。答えがそこにある気がする。
でも。
「……でも、俺は今すぐ答えが欲しい。いつか、じゃ遅いんだ。だってうさぎはもう妖怪たちを妖怪に返すために暴れてるんだから!……だから、いつか、を待つなんて悠長なことは言っていられないんです」
ミコトは拳を握りしめていた。
悠長なことは言ってられない。
うさぎも言っていた言葉だ。
しっかりと考えて最善策を見つけたいのに、時間が許してくれない。ぼんやりとした未来で出るかもわからない答えを知りたいわけじゃない。今、明確な答えが知りたいのだ。
ミケツの表情は何一つ変わらない。
「そうだな。時間は待ってくれない。試行錯誤している間に、決断を迫られるときもある。そういう時は……」
その時だった。
「えっ、なに?」
ドンッ。ドンッ。ドンッ。
地響きのような音が当たりに轟く。
地面が揺れ、視界も揺れる。
合図をしたように木々の上から鳥が暗い空に飛び立つ。
「まずい」
「いけない!」
ミケツとフゥリが同時に叫んだ。
森がザワザワと揺れ、光が走る。
ミケツが立ち上がり、フゥリの方へ駆け寄る。
目を細め、視線を遠く森の奥の方へ向けた。
「祭りの方からだ」
「ミコトくん……、早く行かないと、大変かもしれない……」
フゥリの顔は強張り、白い顔がさらに真っ白になり、震える唇の朱が強調される。
「大変って何が……」
ドンッ、ドドドンッ、ドンッ。
地鳴りと爆発音が続き、大地が揺れる。
森の遠くの方で強い光が円状に光り、弾ける。その光のせいで一瞬だけ、夜なのに真昼のような錯覚を覚えた。
怖い。
不吉な音と光にに心臓の鼓動が速くなる。
いったい、何が起こったというのか。
「始まってしまったのだ。人ならざる者の反乱が……」
ミケツは静かにつぶやいた。
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