第19話 ボクとキミの違い
その後、タイミングを見計らってマビやタロジにご飯を渡し、ミコトも苦手ながらもお腹いっぱいになるまでご飯を食べ、夕食を終えた。奈緒一家は帰宅し、ミコトたちは今、お風呂場にいた。
ミコト、マビ、タロジの三人で小さい丸型のお風呂で、狭い中くつろいでいる。
「あったかい湯っていうのも最高だな……。オイラ、初めて入ったよ。人間は日本でこんなにいい暮らしをしてるのか……」
「地獄には、お風呂ないの?」
「ないの!地獄にあるのは火の池だけなの!すごくすごく暑いの!だから、日本の温泉は妖怪たちの憧れなの!」
「このお湯は温泉じゃないけどね」
「それでも心地いいの!」
水がピューっと浴槽の外に跳ねる。ミコトがタロジに手を使った水鉄砲のやり方を教えてから、ずっと一人で水を飛ばして遊んでいるのだ。
「そろそろ頭洗うね。二人でゆっくり湯船に浸かってて」
ミコトは湯船から上がり、バスチェアに腰掛け、シャワーで頭を濡らす。
「ミコトは人間なのに、オイラたちみたいに頭に水をつけるのか?」
「うん。汗かくからね。洗わないと臭くなったり痒くなったりしちゃうんだ。洗わなくても河童たちみたいに死にはしないけど、一日に一回くらいは洗わないといけないんだよね。……こういうふうにシャンプーをつけて、泡立てて洗うの」
「へぇ、そうなのか……」
「ボクの体も昨日洗ってもらったの!気持ちよかったの!」
「タロジのことも洗ってあげようか?」
ぎゅっと閉じたまぶたを少しだけ開け、タロジに尋ねる。タロジは興味津々にミコトを見ていた。
「オイラはいい。オイラは毛が生えてないし」
「でも、さっぱりするの!背中だけでも洗ってもらうといいの!」
「うーん、じゃあ、少しだけな」
「了解。まっててね、すぐ洗っちゃうから」
「おう。…………なぁ、ミコト、お前さ、愛されてるんだな」
「えっ?」
ミコトはシャンプーをしていた手を止める。消え入るような声だった。片目だけあけると、タロジの表情は引き締まっていた。出しっぱなしのシャワーの音が耳の中で反響する。
「あーごめん。オイラの独り言みたいなもんだから、洗いながら聞いててくれ。……オイラさ、この家に来てまだ数時間しか経ってないけど、人間のこと、少しだけ見直したんだ。もちろん、オイラは人間が嫌いだ。ご先祖様をいじめた人間は許してない。人間だけが日本でいい生活、例えば、こういうお風呂とか、美味しいご飯とか、ゲームとか、そういういいものに囲まれて生活しているのに、妖怪たちは地獄で人間を拷問する毎日。不公平だと思う。人間たちを羨ましくも思う。今だって、ずるいって感情が胸の奥底で疼いてる。……それでも、とーとやかーか、河童のみんなが言うように、悪虐非道の生物には見えないんだ……。……おい、ミコト手が止まってるぞ。もし頭流したいなら流してくれ。あんまり真面目に聞かれてると恥ずかしい。何度も言うけど、オイラのこれは独り言なんだ。って、あああ、シャワーの水止めるなよ。もう、貸せ!オイラが流してやる!」
タロジにシャワーをひったくられ、反論する余地もないまま、タロジがシャワーの水量を最大にして、ミコトの頭を流す。タロジの言葉を聞き漏らしたくないのに、シャワーの音がタロジの声をかき消してしまう。
「……ミコトに話しかけるお前の家族、とーととかーか……、オイラの家族がオイラに話しかける時と同じなんだ。優しくて、あったかくて、口うるさくて、鬱陶しくて……。親戚が集まればみんな遠慮しあって、でもその中には思いやりがあって。同じだってオイラ思ったんだよ……。ああ、ミコトはみんなに愛されてるんだって思ったんだ。……それに、地獄の生活って、すごい悪いっていうわけじゃないんだ。地獄には地獄で妖怪用の美味しいご飯はあるし、とーととかーかが人間の拷問がない時は、一家団欒の時間があるし、みんなでゆったり休める。オイラはまだ子供だから拷問はしなくていいし、他の妖怪らとよく遊びにいってる。環境や身近にある道具は違うけど、ミコトたち人間とあまり変わらない生活を送ってるんだ。……なぁ、オイラたち人間と妖怪って、何が違うんだろうな。……よし、全部流せたぞ。次はオイラの体を洗ってくれるんだろ?ほら、交代だ」
シャワーを渡される。タロジは照れているのか、顔をコチラへ一回も向けず、ミコトを押し退け、バスチェアに座る。緑の背中はどこか寂しそうだった。
「えっと……」
「ミコトはまだ喋るな。まだオイラの独り言は終わってないぞ。ほら、黙ってを背中洗え」
ミコトはタロジの指示に従い、口を閉ざした。柔らかいパフに石鹸をこすりつけ泡立てる。タロジの背中を優しく洗い始める。
「何度も言うけど、オイラは人間を許したわけじゃない。人間のことを憎いとも思ってる。どちらかと言えば、嫌いだ。きっと、オイラやマビが見えたら優しい顔している奴らもオイラたちを攻撃するんだろうってことも確信してる。ミコトのことだって完全には信用してない。……でも、それでもとーとやかーかが言うように血も涙もない悪の権化には見えなくてさ。ま、半日で何がわかるって話なんだけどな。……なんか、今日一日、ミコトの家で過ごして、オイラが信じてきたモノ、オイラの見聞きしたモノ、オイラの気持ちがわからなくなっちゃってさ、頭の中をまとめたくて独り言を言ってみたんだ。だから、これに関しての意見は無用!一切触れないでくれ!おわり!」
束の間の沈黙。天井についた水滴がポツンポツンと湯船を叩く。マビとミコトは目を合わせ、どちらからともなく目を逸らした。
妖怪と人間の違いは、なんだろう。
ミコトも頭の中で考えてみる。
見た目?生活の場所?寿命?たしかに、違う。だけど、ゲームを楽しむ気持ちや、美味しいものが食べたい気持ち、両親を思う気持ち、子供を思う気持ち、友達を作りたいという気持ち、誰かを恨む気持ち……。そういった感情の類は、人間と何も変わらないような気がする。
妖怪は怖いと思っていたけど、マビやタロジは怖くない。妖怪が見えるようになった日、神社で目があって恐怖を感じた天狗のことだって、彼のことをよく知れば怖くなかったのかも知れない。
妖怪のことも、人間のことも、もうよくわからない。
「さ、早く背中の泡流してくれ。オイラは早く風呂から出てゲームがしたいんだ!あ、ついでに甲羅もたっくさん濡らしてくれよ?また水浴びにここまで来るの面倒だからな」
先ほどの『独り言』がなかったように、タロジは陽気に振る舞う。
ミコトもタロジの振る舞いに合わせて、
「そうだね、たくさん濡らしてあげる。タロジが甲羅を濡らすときは俺もついていかないといけないし。たくさん甲羅に水溜め込んでよね」
と浮かんだ疑問を心の奥にしまい込んで、微笑んだ。
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