第16話 初めてのゲーム
玄関に入ると古民家の独特の匂いと共におばあちゃんが出迎えてくれた。
「みんな、おかえりなさい。あらあら、こんなに魚が釣れたのね。今日はこの魚でたくさんのお魚料理を作りましょうね。……えっ、これ全部ミコトくんが釣ったの?すごいわねぇ。ほらほら、みんな疲れたでしょう。ご飯作ってる間、ゆっくりしてなさい。結子、葉月さん、夕食のお手伝いお願いできるかしら?」
おばあちゃんはニコニコと玄関先で川釣りの様子を一通り聞くと、お母さんと伯母さんを連れて、キッチンの方へ行ってしまった。
疲れたからゆっくりしろと言ったのに、伯母さんとお母さんはゆっくりできないのか、という考えが一瞬、頭によぎるも、
「おい、ミコト!水はどこだ!甲羅が乾いて倒れそうだ!」
と、暴れるタロジの声にその考えはかき消された。
「足の中に砂が入って気持ち悪いから、足洗ってくるね」
などと、それらしい理由をつけて、広間の奥にある浴室へタロジを案内する。
シャワーでタロジの頭を流してやると、タロジの顔がふにゃりとゆるむ。カラカラに乾きかけていた甲羅にうるっとしたツヤが戻った。
人間にはタロジの姿が見えないとはいえ、車の中で緊張していたのだろう。
河童の甲羅の状態は精神状況にもかなり左右されるのだと浴室へ向かう道なりでタロジが教えてくれた。
「まさかこの家にこんなに人間がいるなんてな……。これじゃあ三十分ごとに水浴びしなきゃいけないかもしれないな……。はぁ……、この家には一体どれくらいの人間がいるんだよ」
浴室から寝室に戻るとき、タロジが頭を抱えながら、ため息混じりにつぶやいた。
「俺の家族三人、奈緒ねぇの家族が三人、おじいちゃんとおばあちゃんで、八人かな……?夜は奈緒ねぇ一家は帰るから五人だけになるけど」
「多すぎるだろ……」
「多すぎても大丈夫なの!ミコト以外はボクたちのこと見えないの!それに、昨日ボクもここで過ごしたけど、みんないい人たちなの!なーんにも心配いらないの」
「そんなこと言われたって、オイラは人間が嫌いなんだ。簡単に安心できるわけないだろ」
タロジが再び大きなため息をついた。
縁側を通り、立て付けの悪い障子戸をあける。障子戸がガラガラと音を立てた。
畳まれた布団が隅に積んであるミコトたちの寝室は、ガラリとしている。
お父さんはおじいちゃんと大居間で酒を酌み交わしていたし、奈緒は宿題があると言って、ダイニングキッチンの隣の和室にこもってしまった。この家には余っている部屋がたくさんあるため、奈緒の部屋があるのだ。その部屋は昔、伯母さんの部屋だったらしい。夕食まであと一時間くらいあるだろう。
「ご飯まで何したい?」
ミコトは部屋の真ん中に腰を下ろした。マビもタロジも三人が向かい合うようにして床に座る。
「別にオイラはなんでもいい」
「なんでもいいの!ボクもなんでもいいの!」
「ん、どうしよう。何か持ってきてたかな……」
ミコトは座ったまま体を伸ばし、自分のリュックを手繰り寄せ、リュックの中を漁る。一番最初に目に入ってきたのは暇つぶしでやろうと思って持ってきた携帯ゲーム機だった。
ミコトはゲームを持ち上げ、
「ゲームでもする?」
と、聞いてみる。マビとタロジが顔を見合わせた。
「ゲーム?」
「ゲームってなんだ?」
「えっ、二人ともゲーム知らないの?」
「知らないの」
「ゲームっていうのはね……。ちょっと待って」
ミコトはゲーム機を一旦床に置き、もう一度リュックの中を探る。リュックの奥底にミコトが探していたものがあった。ゲームのソフトケースだ。
対戦アクションゲーム、レーシングゲーム、鬼ごっこができるゲーム、すごろくゲーム、RPG、様々なジャンルのソフトがケースにめられていた。二人もプレイするかもしれないからと、ミコトは簡単にできそうなレーシングゲームソフトを手に取る。
「ゲーム機が一台しかないから、対戦とかはできないけど……」
ゲーム機を起動させる。でかでかと会社名が出たあと、ポップな音楽が流れ始めた。
「これはレースゲームで、車とかバイクを自分好みにカスタマイズして、他のキャラクターたちと戦うんだ。見ててね」
慣れた手つきで設定を終えると、ミコトはレースを始める準備を終える。一位になるところをマビとタロジに見せてやろうと、コンピューターのキャラの強さ設定を最弱にした。見栄を張ったのだ。
「ほら二人ともこっちに寄って。画面小さくてごめんね。見えるかな?」
タロジとマビがミコトを挟み込むようにゲーム機の画面を不思議そうに覗き込む。
「じゃあ始めるよ!」
レースがスタートした。ミコトは開始前のカウント中にアクセルを踏み、スタートダッシュを決め、スタートと同時に加速する。一位だ。その後もアイテムで敵の走行を妨害したり、敵の妨害を避けたりしながら、一位を維持する。
「すごいの!ミコトずっと一位なの!」
「おい!後ろから追い上げられてるぞ!ミコト!気をつけろ!ほら!」
二人の興奮した声がミコトをいい気分にさせた。腕がなる。ミコトの車はどんどん加速し、敵との距離をかなり離す。たまに、敵の妨害で転倒しながらも、ミコトは余裕で一位ゴールを決めることができた。
「ま、こんな感じかな」
ミコトは自慢げに胸を張る。
「ミコトすごいの!一位なの!」
「ゲーム、めちゃくちゃ面白そうじゃねぇか!オイラも!オイラにもやらせてくれよ!」
「違うの!次はマビなの!」
「まってまって、二人とも。二人にちゃんと貸すから。順番ね。って、わっ、タロジ!ゲーム機そんなに引っ張ったら壊れちゃうよ!貸す、貸すから!」
タロジは体を乗り出し、ミコトが持っていたゲーム機を無理やり奪い取った。
「えーずるいの!ボクもやりたいの!」
「ちゃんとマビにも貸してあげるから待っててね。タロジ、二レースくらい終わったらマビに貸してあげるんだよ?」
「わかってるって!なぁ、どのボタン押したらいいんだ?」
「えっとね、ここがスタートボタンね。で、車かバイクかを選んで、エンジンや羽根も選んで……って、もう始めちゃったの!?」
タロジはミコトの説明を全く聞かず、レースを開始してしまった。
コントローラーの使い方すら知らないタロジは、うまく操縦できず、コースアウトしたり、転倒したり、スピンしたり、加速できなかったり、散々なレースを終えた。
タロジは貧乏ゆすりをはじめ、さっきまで使っていたゲーム機を投げ出す。ミコトは慌ててそれを拾い上げた。
「ああ!投げないで!ゲーム壊れちゃうよ!」
「もう!なんなんだよ!こんな人間にもできるようなモノなのに、なんでオイラができないんだよ!」
「ちゃんと説明聞かないからだよ。ほら、マビに説明するから見てて?」
「やったの!次はボクの番なの!」
「フンッ、早く説明しろ!オイラが説明聞かなかったのはミコトがとろいからだぞ!」
「はいはい、二人とも落ち着いて。はい、マビ、持ってみて?あ、縦に持つんじゃなくて、こうやって横向きで持つんだよ。そうそう。……あー、ちょっとマビの手には機械が大きいね。どうする?コントローラー本体から離す?このままやる?わかった。じゃあこのままやろう。えっとまずはね……、基本操作から教えるね。決定ボタンはコレね。で、こっちがキャンセルボタン。走るためのボタンはこれで、アクセルはこのボタン……、それで、アイテムを使う時は……」
丁寧に説明してやる。マビもタロジも真剣にゲーム機と向き合い、一生懸命学ぼうとしている。
「こうやるの?」「そうじゃなくて、こうすればいいんじゃないのか?」「あれ、間違えたの」「ほら、言わんこっちゃない。……今のいいね!うまいカーブ!」「うまくいったの!」「おい、ミコト!見てたか?マビ上手くやったぞ!」、二人は思い思いのことを言いながら、試行錯誤して、楽しそうにプレイする。
マビたちの嬉しそうな顔を見て、ミコトも嬉しくなる。自分が初めて友達の家でゲームをした時のことを思い出した。初めてゲームを手にした時の感動と興奮は今でも忘れられない。きっと二人もそんな体験を今、しているのだろう。
二人の様子を見ていると、人間も妖怪も変わらないのだと思う。違うのはその見た目だけなのだと、些細なことで実感させられる。
「ミコト!五位になったの!初めてにしてはボクすごいと思うの!コツ掴んできたから、もう一回やりたいの!」
「おい、次はオイラだぞ!オイラなんてほとんどやり方がわからないままやったんだ!だから、さっきのはノーカウントだ!」
「そんなの自業自得なの。ミコトはちゃんと説明しようとしてたの!」
まるで子供のように言い争っている二人を見て、弟がいたらこんな感じなのだろうかと想像する。ミコトが教えることを楽しそうに吸収する姿が、親を真似する雛鳥みたいで愛くるしい。五百十七歳のマビに言ったら、ちょっと不機嫌になってしまいそうだけど。
騒がしいけれど、愉快で、楽しくて、幸せだ。一人じゃ味わえない楽しさをミコトは噛み締める。少しだけ、奈緒の気持ちがわかってしまった。自分を慕うような年下の子がそばいたら、いろんなことを教えたくなるし、少し意地悪をしたり、大人ぶりたい気持ちになる。
「順番って約束だから、次はタロジね」
「よしきた!見てろよ、ミコト!オイラの実力見せてやるぜ!」
タロジの顔が明るく弾ける。作り物ではなく、本物の笑顔だ。先ほどまで人間にうんざりしていたタロジが、心からゲームを楽しんでいる。タロジとの距離が少し縮んだ。その事実がミコトの胸の内を熱くさせる。
「うん、タロジの実力見せてよ」
タロジの満面の笑みに応えるように、ミコトもタロジに満面の笑みを向けた。
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