第2話

 私たちがお茶をしている間にも、後見人とエロジジイのやり取りは続いていた。


 私たちの後見人のコラー子爵はもちろん、ジジイを叩きのめすおつもりだろう。

 口調は穏やかだけど、愛人氏が使った母のお金と、愛人氏が姉と私に付きまとった件について淡々と話していて、ジジイの尻の毛までむしる勢いで交渉を進めている。

 ぜひ頑張ってほしい。


「ヴィヴィが伯爵の後を継ぐって話、あいつ知らないのか」


 ジジイの寝言に、兄が驚いてるけど。


「知らないから、めかけによこせなんて言えるんでしょ」


 これ以外の答えは無いと思う。


 母の実家であるレヴィー伯爵家は、今は祖父が爵位を持っている。

 本当なら祖父の息子、私たちの伯父にあたる人が祖父の後を継ぐ予定だったんだけど、この人が女癖と浪費癖がひどくて、家の仕事は何一つできず、まともな社交もできないと、非常に出来が悪かった。そして、女癖の悪い伯父は旅先の娼館で亡くなっていた。

 亡くなった場所が場所だったので、ずいぶん体裁ていさいが悪かったんだそう。

 そして祖父のもう一人の子供、つまり母も、何人もの愛人を持つスキャンダルの塊みたいな娘だった。


 これはつまり、どういうことかというと。

 伯爵家に、まともな跡取りがいなかった。

 そのままだと祖父の従弟の息子に継がせることになりそうだったんだけど、祖父はこの従弟が大嫌い。従弟も従弟の息子も出来が良いと知られてるので、気に食わないんだとか。

 で、その祖父がどうしたかといえば、後継者に私を指名した。

 兄でも姉でもなく、私。

 そして祖父の従弟は、これに反対しなかった。

 もちろんそれには、相応の理由があって。


「……僕らの実父の事も知らないのか」


 エロジジイが罵倒ばとうしてる言葉を聞いて、兄があきれ返っていた。


「わあ、さすがに驚きじゃない、これ?」

「ご老人ですもの、色々お忘れなんでしょう」


 ほわほわとした口調でジジイをボケ老人扱いしましたよ、姉は。


 母は書類上は結婚してたけど、結婚後も娘時代の恋人たちとは付き合っていて、肉体関係も持っていた。

 そして母が産んだ子供たちわたしたちの父親は、全員違っている。

 この話は貴族社会ではよく知られていて、普通だったら良からぬ噂話として語られ、私たちも社交界には出られなかっただろう。そして実父に認知されれば庶子として実父の支配下に置かれて、日陰者の生活を強いられるところだったんだけど。

 母の書類上の夫で、私たちの後見人でもあるコラー子爵が暗躍してくださった結果、私たちは祖父の養子になる形で、実父の影響から逃げることができたと聞いている。


 私の実父が王族だという事を考えると、コラー子爵はいったい何をなさったんだろう、と思うんだけどね。

 実父はねちっこい上に、傲慢ごうまん狭量きょうりょうだから。

 欲しいと思った他人のものは、自分のものになって当たり前。自分のものを誰かにやるくらいなら、欲しがる相手の前でそれを壊して嘲笑あざわらう。王族の自分が望むものは全部手に入るべきだし、自分のものを望む奴は『わからせて』やるべき。そういう考え方してる人だから、いったん手に入れたものを人に譲ったりなんか絶対しない。

 そんな人が「自分が生殺せいさつ与奪よだつの権利を握って当たり前」な庶子の娘を手放すなんてありえないんだけど、手放した。

 ……どう考えても、何かあったよね。

 そこらはたぶん、知らないほうが良いことだと思います。


 それはさておき、実父の支配下から逃げたとはいっても、実父は実父のわけで。

 私たちに関する権利は持ってなくても、実父どもとしては、他所よそのヤツに私たちを好きなようにさせたくないわけですよ。

 特に私の実父、王弟の第二子である王子は、無駄にプライドが高い。自分でさえ好きに出来なくなった娘を、自分より格下の男の好きにさせるなんてことは、王子にとってありえない。コラー子爵の監督下での事には王子も一切手を出せないけど、それ以外の、他家の男どもが私に粉をかけに来るのは、王子をコケにした行為と受け止めているっぽい。

 意味不明だけど、そういう人なんでしょうがない。


「王子の逆鱗げきりんに触れそうだな」


 兄が器用に片眉をあげながら言い、


「それよりもお父様を怒らせたわよ?」


 と、姉がお茶のカップを片手にしたままコメント。


 公的にはコラー子爵は後見人。子爵にとって書類上は妻の不貞ふていの子である私たちが、面と向かって『お父様』と呼ぶことは不適切なんだけど。

 ……誰よりも私たちを気にして育ててくれたから、実質的にお父さんなんだよね。

 誰を親と呼ぶかと聞かれたら、私も姉ももちろん、コラー子爵だけを親と呼ぶ。兄は養父母がいるから、親と呼べる人は三人いるけど。


「あのクソジジイ、お父様の政敵ってわけでもないと思ったけど」

「クソジジイなんて言葉を使うのは、おやめなさいな」


 また姉に注意されました、が。


「たしかに、品性が地の底をってるような方ではあるけれど」


 下品じゃないだけで、言ってることは似たり寄ったりじゃないですか、姉。


「ネルも容赦ようしゃないなあ」


 そして兄は私も姉もたしなめずに、笑ってるだけ。


「手加減する必要があります?」

「無いな。君らも父上に似たねえ」

「嬉しいわ」


 コラー子爵おとうさまは冷静に対応してくださってるけど、ジジイに突き付ける条件がどんどん厳しくなってます。

 あ、請求額の桁が上がった。

 ついでに、王子への口利きの話が出た。


「うわぁ、容赦ないわー」


 これはあれですね、王子をあおってエロジジイ一家を潰すという脅しです。

 エロジジイのほうは判ってなさそうだけど。

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