エンディングは終わりじゃない~乙女ゲーム転生って、それ本当ですか?

中崎実

「世界の中心にいたヒロイン」の死後。

第1話

 貴族社会は貞操ていそう観念かんねんが強い。

 そういうところで、若い女性が「みんなに愛される私、複数の高位貴族の令息をゲットして逆ハーでハッピーエンドでぇす」を目指して頑張ったら、どう評価されるか。


答。


「あれって、ただの股と頭の緩いビッチよね」


 それ以外になんと言えというのかと。

 そう思って、生まれて3桁回はついてるため息をついたら、


「ちょっとヴィヴィ、言葉がきついわよ」


 そう、姉がお小言を言った。


「ビッチ、ってどういう意味か知らないけど、それ、悪口でしょう?」

「もとは雌犬って意味の言葉よ。ふしだらな女って意味の悪口だけど」

「知ってる人がいない言葉だからバレないでしょうけれど、ちょっと素直すぎるのではない?」


 いつものふんわりした微笑を浮かべて、コテンと首をかしげる姉は、いつもどおり可愛かった。

 お葬式の後で押し掛けてきた人に後見人が対応してくれているのを待って、家族の居間でお茶をしているから、姉も喪服は着たまま。ヴェールと帽子と手袋はとっているから、未婚女性らしくハーフアップにした栗色の髪と、本人は冴えないと思ってるらしい愛嬌のある顔立ちが良く見えている。

 ま、言ってることは全然かわいくないんだけどね!


「でも、事実だと思わない?」

「もうちょっと、婉曲えんきょくに言っても良いのではないかしら」

「うーん、片手じゃ足りない数の男性の愛人になってて、都合よく遊ばれてて誰にも真剣になってもらえなかったのに、それに気が付かない脳内お花畑のおばちゃんを、婉曲えんきょくに言う言葉かあ……思いつかないわ」

「あら、そう言われるとなかなか厳しいものがあるわね」

「でしょ?事実を並べると痛々しいわよ」

「でもねえ、あれでも私たちの母親よ?」

「嫌すぎる現実だわ」


 こう言ったら不謹慎なんだろうけど、無事に土の下に収まってくれた痛すぎる女は、実の母親だった。

 なんせあのひと、ことあるごとに『私は乙女ゲー世界に転生した愛されヒロインなの!』と公言してはばからなかったんだから。スマホどころか電気すらない世界で、そんなこと言ったところで意味不明の寝言としか思われません。

 まあ、彼女が『自分が世界の主人公で、世界は自分のためにある、と思い込んでいる』という点は周りも理解してたけど。……自分が世界の主人公だと思ってる時点で、痛すぎる。母はアラフォーだったんだけど、永遠の厨二病は死ぬまで治らなかった模様。


「死んでもたたってるし。もう、嫌んなっちゃうなあ」

「また巻き込まれたわねえ」


 生前から、母は無邪気にトラブルを起こしまくる人だった。

 そして死ぬ時まで、トラブルを起こしてくれた。

 愛人と観劇に行った帰りに、歩道に突っ込んできた暴走馬車にはねられて死んだんだけど……母は迫って来る馬車を見て盛大に悲鳴をあげながら、愛人にがっしりしがみついて全力で引き留めたらしい。もちろん、愛人氏は巻き込まれて一緒にはねられて、亡くなった。


「せめて愛人をかばうふりくらいして死んでほしかったね」


 養子に出された先から葬儀に駆けつけてきた兄は、いつもどおり辛辣。

 私が覚えてる限り、兄は母のことをよく思っていない。

 母と同じ姓を名乗りたくないと後見人に交渉して、養子縁組する先を見つけてもらうくらいには、母を嫌ってもいた。

 十歳だった息子にそこまで嫌われる母親って、相当だと思います。


 それはさておき。


「あのひとには無理でしょ、『ヒロインちゃん』はかばわれて当たり前としか思ってなかったし」

「その結果があのジジイってわけだ」


 昼用応接室ドローイングルームにつながる伝声でんせいかんの蓋は開けてあるし、こちらの声を伝えさせないための魔道具は起動してある。

 そうすると、応接室で怒鳴ってるクソジジイの声と、落ち着きはらって対応してる後見人の声が筒抜けになって、二人が何を話しているか良くわかるというわけ。ちなみに、怒鳴ってるクソジジイは母と一緒に亡くなった愛人氏の父親で、とある男爵家の家長だったりする。


「それにしても、ドラ息子が死んだから代わりにヴィヴィをよこせってのは、筋が通らないよな」


 兄が首をかしげて見せてるけど、もちろんポーズだけです。


「あの人、年もわきまえずに私に粉をかけに来るスケベオヤジよ。息子が死んだことはただの口実ね」


 クソジジイが怒鳴ってる内容は、私が普通の十六歳の女の子だったら、刺激が強すぎる内容だった。

 曰く、息子が死んで後継者がいなくなったんだから、息子を産める若い女をよこせ。おまえんところのアバズレには娘が二人いるんだから、若いほうを貰ってやる。賠償金代わりに持参金もたんまりつけろ、今日このまま引きずって帰るからとっとと出せ、と。

 そんな勝手なことを言ってるクソジジイも、その息子だった死んだ愛人も、私や姉の部屋に押し入ってきたことがあるんだから、何が本当の狙いかなんて分かりすぎるくらい分かってる。

 ジジイは控えの間で侍女に阻止されたけど、死んだ愛人なんか酔っぱらって寝室まで押し入ってきて、私のドレスを着せかけていたトルソーをベッドに押し倒して、そのままトルソー相手にコトに及んだこともあるんだそう。

 私も姉も後見人のタウンハウスに避難してたから、現場は見てないけどね。


「今度こそヴィヴィをものにしたい、てわけか。醜悪だな」

「ボケてエロしか残ってないジジイよね、あれ」

「ヴィヴィ、お口が悪いわよ」


 さすが三人兄妹で一番の常識人の姉、こういう時もお行儀のよさは忘れない。

 ちなみにこうして注意してくるけど、黙れという意味では言っていないんだよね。


「死んだ息子はどうでもいいのか?情の無い親だ」

「息子の愛人の娘に手を出そうとしてる人よ?まともな感性なんか、あるわけないじゃない」

「それもそうだな」

「ちゃんとした情報をくださる、交流もお持ちではないようねえ」


 そしてふんわりとした空気を漂わせたまま、兄同様に辛辣しんらつなことを言う姉がいた。

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