第2話 距離がおかしい小鳥遊さんの話
「いやっ、えっ、小鳥遊
「…………? うん」
「噛んだ」
「噛んだね」
「噛んだな…………」
最悪である。
初っ端からどもった上に盛大に噛んだ俺に、彼女―――――小鳥遊玲奈は首を傾げながら返事をする。
噛んだ、噛んだねとひそひそと言い続けるクラスメイト達に、俺は耳が赤くなるのを感じながら一歩後ずさった。
「ちょっ、ちょっと近い、かな…………」
「えっと、」
さらに一歩、彼女が近づく。
ふわりと漂ったシトラスの匂いに、俺は頭がクラクラした。
「あっ、あとで! あとで、空き教室に来てください!」
「……………? うん」
「告白だ」
「告白だね」
「告白だな……………」
クラスメイト達がうるさい、が。
とりあえず目標は達成したので、今はいい。
(まあ、結果オーライってことで、よかっ――――――)
顔を赤くして席に座ると、まさしく鬼のような顔をした教師と目が合う。
「天馬くん? まずは私と廊下に行こうか」
………………まあ、この説教は甘んじて受け入れよう。
◇◇◇◇◇
「えー………………っと、小鳥遊さん」
「? うん」
「……………なんでそんなに離れてるの?」
放課後、空き教室にて。
クラスメイト達が言っていたように告白……………というわけでももちろんないこの空間の中、俺たちは向かい合っていた――――――5メートルほど離れて。
俺が何とも言えない顔をすると、彼女はこてりと首を傾げる。
ちょっと遠すぎるな、と俺が呟いた次の瞬間にはもうすでに彼女は目の前にいて、俺は思わず後ずさった。
「いやっ、だから! 近い、近いって!」
「? 天馬くんが遠いと……………」
「いや、そうだけど! そうなんだけど! こう、距離感ってものが!」
「きょりかん」
なにそれ、とでも言いたげな彼女に俺は口をつぐむ。
彼女が納得しなければ動かないのは一目瞭然だったが、とりあえず俺は話を進めたかったためこの体制のまま話を続けた。
「…………その、ですね」
「うん」
「距離が…………遠くて、ですね」
「え?」
「いやっ、今の話じゃないんだけど。普段の、授業で」
珍しく格ゲーをしていない彼女に…………いや、彼女相手に話すのを緊張しながら、俺はもごもごと話す。
さらに首を傾げる角度を大きくした彼女に、俺はもうどうにでもなれと思いながら口を開いた。
「普段の授業で距離が遠すぎて、小鳥遊さんの声が聞こえないんだ!」
「……………え?」
シーンとした沈黙の後、しばらくして小鳥遊さんが声を上げる。
珍しく無表情以外の顔をした彼女は、少し驚いたように目を見開いていた。
「わ、……………私、遠いの? いつも?」
「…………えっ?」
やや戸惑いがちに返された言葉に、今度はこちらが驚く。
素っ頓狂な声を上げた俺に、彼女はパチパチと目を瞬いた。
「こう、友達とかと話してる人に話しかけようとするのってなんか……………雰囲気が、話しづらくない?」
「ああ、うん」
その話に少し身に覚えのある俺は、こくりと頷いて続きを促す。
だんだん妙な汗が出てきた俺は、出てきた手汗をハンカチで拭いた。
「それで、天馬くんはいっぱい友達がいるから、話しかけづらくて」
「うん……………うん?」
いっぱい友達。いっぱい友達? 俺に? 俺の頑張りを全力で馬鹿にするクラスメイト達の間違いではなく??
なんか色々突っ込みたいところはあったが、突っ込むと話が長引きそうだったのでとりあえずスルーする。
疑問符が付きながらもなんとか頷いた俺に、彼女はだから、と続けて口を開いた。
「私的には、『少しだけ』距離を取ったつもりだったんだけど…………」
「いやちょっと待て!」
流石に聞き逃せない言葉に、俺は思わず待ったをかける。
そろそろ頭痛がしてきた頭を右手で押さえ、俺は瞬きをする彼女に言葉をかけた。
「も、もう一回言って」
「距離を取ったつもり…………」
「ああ、違う。いや違わないけど、もうちょっと前から」
「少しだけ距離を取ったつもりだったんだけど……………」
「少し」
「はい」
「………少し」
「はい。…………少し、ですよね?」
「…………違い、ますね」
最終的にお互い敬語になり、辺りは静かな沈黙が漂う。
なんだか気まずくなってしまった空気の中、俺はなんとか声を張り上げた。
「とっ、とりあえず! でも、なんで今日は近かったの?」
「だって、天馬くんが許可を出したから…………」
まさかの許可制である。
なんか色々と衝撃の強い言葉ばかりが飛び出してくるため大変俺の心臓に悪いこの会話に終止符をつけるため、俺は最後の質問をした。
「ちなみに、授業中ずっとゲームしてるのは…………」
「人と話すよりゲームしてる方が楽しいから」
「あーうん、結局はそこに行き着くんだ。………うん、知ってたよ。知ってた。……………うん」
一種の諦めとともに話を終わらせようか、とふと考えがよぎる。
けれどそれは後々の俺が苦労を知っていることを知っているので、俺は無い知恵を振り絞って考えた案(クラスメイト達と考えた)を彼女に伝えた。
「じゃあ、俺が友達になったら、普通に話しかけてくれる?」
「友達?」
「う、うん」
「私と、天馬くんが?」
「よ、よければ。だけど」
驚いたように自身と俺を指し示す彼女に、俺は斜め下を向きながら頷く。
断られたら結構ショックだよな、という考えは全力で考えないようにした。
「嬉しい!」
「へっ」
ズボンを握り締めていた手が空中に浮いた――――誰かに掴まれたのが分かり、俺は下に向けていた視線を反射的に上にあげる。
そこにはキラキラと顔を輝かせた小鳥遊さんがいて、俺は口を開けて固まった。
「じゃなくて、手汗が!」
「嬉しい。私、ずっと友達が欲しかったの」
「いやそうじゃなくて手汗っ」
「友達ってことは、名前で呼んでもいいっ?」
「あの手汗がっ」
添えるなんてものではない、放しはしないとでもいいたげにがっしりと掴まれているその両手から手が抜けない。
「な、名前で呼んでもっ、」
「わかった。わかったからとりあえず手汗を放して!」
手汗を放すってなんだ。もう泣きたい。というか泣いてもいいだろうか。
俺が半ばヤケクソ気味でそう叫ぶと、彼女はすぐに手を放すと、俺を真面目な顔をして見上げる。
「水湊くん」
「はい」
「水湊くん」
「…………はい」
「水湊くん」
「………………………ちょっと待って」
「え?」
とても真剣で、そしてキラキラした顔で何度も俺の名前を呼ぶ小鳥遊さんに、俺は顔を隠してしゃがみ込む。
残念ながら生まれてこの方彼女が一回もできたことがない俺は、女子に名前を呼ばれたのなんて小学生ぶりだった。
「では、私のことは玲奈と」
「話聞いてる?」
「玲奈です」
「玲奈、さん」
「玲奈」
「…………玲奈」
なんだこの茶番。なんだこの茶番!!
心の中で大絶叫したはいいものの、どくどくと早鐘を打ち出した心臓は止まってはくれない。いや、止まっても困るのだけれども。
とりあえずこんな場面を想定してなかった俺は、どうしたかというと。
「とりあえず、帰ろう!」
「うん、一緒に帰ろう!」
「いやそれは…………ちょっと」
無理やり話を終わらせた。
しかし彼女と離れるために帰るのに、一緒に帰ることになったらそれはそれで困る。
困り果てて眉を下げた俺に対し、彼女はハッとして、そして少し申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん、急に困らせて」
「いや、そうじゃなくて。たかな…………玲奈は、俺なんかと話すより、ゲームしてる方が楽しいんじゃないかなー、って」
これは、少し本音でもある。
授業を放棄してでもやりたい格ゲーに、俺が入り込む余地はないのではないかと。
少しだけ息をつめて彼女を見つめると、小鳥遊さんはえっと、と顔をついと横に逸らした。
「————――ゲームしてる時より、水湊くんと喋ってる方が……………楽しい、から」
そう言いながら照れくさそうに笑った彼女を見て、ずるずるとしゃがみ込んで項垂れた俺は、火照った方を隠して訴えた。
「だから、距離がおかしいんだってば…………」
俺————天馬水湊には、少し変わった隣の席の住人がいる。
—————それから俺が彼女の『友達』を卒業した後の話は―――――――また機会があったら話そう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これで完結となります。
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作者の別の短編作品。
会社では完璧な幼馴染が、家では料理できないっ子で可愛すぎる件。
URL
隣の席の小鳥遊さんは、距離がおかしい。 沙月雨 @icechocolate
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