【コミカライズ記念SS】希《のぞみ》②


 見上げるほど高い天井に描かれた二柱のこう龍が、互いの尾を追って円をつくっている。


 その二柱が睥睨へいげいする堂には、大黄帝国と翠山国の双方から集った高官たちが居並んでいた。


 彼らが首を垂れる先は堂の最奥。その一段高い場所に設えられた玉座に、私とよく似た華奢な青年の姿がある。


 冕服べんふくまと冕冠べんかんいただいた大黄だいこう帝国皇帝――はん熹李きり。私の双子の兄だ。


 その眼前に進み出て、星狼せいろう殿下が書状を読み上げた。凛とした声が堂に響く。


翠山すいざん国国主に代わって、王太子こう星狼が申し上げる。翠山国はここに国境を開くとともに、大黄帝国の皇帝陛下を主君としたい、永くお仕えすることを誓約申し上げる」


 宰相さいしょうの手を介して書状を受け取り、熹李が鷹揚おうように応じた。


「誓約、たしかに承った」


 玲瓏れいろうと言い放った熹李の言葉に、星狼殿下をはじめ全ての官がうやうやしく揖礼ゆうれいを返した。


 ついに翠山国の開国がったのだ。


 ――よかった……。


 その様子を、私は堂の上座に近い場所で感慨深く見守っていた。御簾みすの中のこの席は、皇妹としての私のためにしつらえられたものだ。


 私の翠山国への降嫁は、この開国を成立させるためのもの。両国の橋渡しが私に課せられた責務だから、ひとまず開国が滞りなく行われたことに安堵あんどがある。


 ――でも、まだまだ私にもやるべきことはあるわ。


 国交が開かれたのだから、今後は両国間に様々なやり取りが生じる。その度に思わぬ衝突やすれ違いが起こることもあるだろう。


 ――帝国の皇妹であり、翠山の王太子妃でもある私だからこそ、二つの国の仲を取り持つことができるはず。


 そう一人で奮起して、ひとまずこの直後の自分の務めについて考える。


 ――さぁ、このあとは宴。熹李と星狼殿下、二人が少しでも心を開いて言葉を交わせるように、私が頑張らなければ!


 *


 意気込んでのぞんだ宴席だったが、私が想像していたものとは趣向しゅこうが異なった。


 宴の主催は大黄帝国側と聞いていたので、ぜいらした格式ばったものを想像していた。


 ところが実際は、私と星狼殿下はごく小さなへやに招かれ、熹李と三人だけで円卓を囲んでいる。宴は皇帝による私的なもよおし、というおもむきだった。


(これなら心配はいらなかったわね)


 円卓に隣り合う二人の姿に、私はほっと胸をで下ろした。私が仲を取り持つまでもなく、熹李は星狼殿下と親密な間柄を築こうとしているのだ。殿下の義理の兄となった熹李がそう考えてくれることが嬉しかった。


 喜んでいるうちに、料理が運ばれてきた。


 冷盆ぜんさいには家鴨あひるの肉や海蜇くらげの和え物。

 続いて海老えび菠菜ほうれんそうあつもの、鶏肉を牛乳で煮た優しい色の仙人臠シェンレンラン、柚の皮に蟹肉を詰めて蒸した爽やかな香りの蟹醸橙シェニァンチェンなどの主菜が、侍女たちの手で並べられていく。

 すももを塩漬けにした白李バイリーのような酒肴しゅこうも目にとまった。


「うわぁ、美味しそう!」


 思わず感嘆の言葉を漏らしてしまう。そんな私に熹李は優しく微笑んだ。


「やっと桃英らしい表情が見れたなぁ」

「あっ! 申し訳ございません、陛下の面前で無作法を……」


 身内での宴席という体裁ていさいではあるが、さすがに皇帝陛下の許しなく自由に発言すべきではない。そう思って謝罪の言葉を口にしたのだが、熹李は穏やかに首を振った。


「やめてよ桃英。この時間くらいは僕たちは双子の熹李と桃英でいよう。そのためにあえてささやかな宴席にとどめたんだから」


 熹李は星狼殿下にもにっこり笑ってみせた。


「星狼も僕の義弟なんだから、そんな風に肩に力を入れずくつろいでほしいな。僕を兄だと慕ってくれて構わないんだよ」


「おそれいります。本日ばかりはご下命に甘えてくつろがせていただきます。けれど、さすがに兄上とは……あまりにもおそれ多く」


 星狼殿下は恐縮して頭を下げたが、おもてを上げた時には彼らしい整った笑顔を貼り付けていた。


 熹李の視線と、星狼殿下の視線が重なる。


(あれ?)


 私は首を傾げた。 

 二人とも満面の笑みなのに、視線がぶつかり合うと、なぜかそこに火花が散っているように見える。


(なんでだろう? 気のせいかな)


 目をこすってもう一度二人を見比べると、どちらもいつも通りの穏和な表情で、やはり私の勘違いのようだった。


「どうしたの、桃英? 目が痛い?」


 過保護な熹李が私の顔をのぞきこむ。


「あ、ごめん、なんでもないの」

「そう? それならいいんだけど。ほら、小さい頃、目の中に虫が入ったって大騒ぎしたことあったじゃない? またその時みたいにとんでもないことになるかと思って」

「やだ、そんな子どもの頃の話、蒸し返さないでよっ!」


 私は赤面した。それはまだ後宮で母様と暮らしていた、ほんの幼い時の出来事だ。


「懐かしいね。あの時は混乱した桃英があたり構わず暴れるものだから、しとね厨子ずしがバキバキになって。しかもそのまま桃英が庭に飛び出し……」

「だからもうやめてってば!」


 私は熹李の口をふさいだ。そんな恥ずかしい失態を、なにもこんなところでばらさなくてもいいじゃない!

 宴席についているのは私たち三人だけだけど、周囲には侍女や衛士がたくさん控えている。もちろん涼様や劉将軍、温侍中だっている。

 何より私の失態を、わざわざ殿下に聞かせなくても!


 ごめんごめん、と私の手をほどきながら熹李は笑う。


「別にそんな恥ずかしがらなくても。幼少期の可愛い思い出じゃない。星狼も知りたいでしょう? 桃英の昔の話」


 なぜか不敵に笑った熹李の視線の先で、星狼殿下は片方の口角を上げ挑戦的な笑みを浮かべている。



「そうですね。でも桃英様が恥ずかしがっていらっしゃるので、無理強いは致しません。何より」


 星狼殿下は心持ちあごを上げて言う。


「私は。昔話にはさほど興味がないのです」


(あ、あれ?)


 私はさっきより強く目をこすった。


(やっぱり星狼殿下と熹李の間に、火花が散っている、ような……)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る