最終話


「よろしいですか」


 襖の向こうから幸福之助を呼ぶ声は住職のものではありませんでした。襖が開くと、そこにはもう一人の幸福之助が立っていました。


「山を降りなさい。あなたはもう自由です」


 彼は幸福之助に荷物をまとめさせ、今後は住職の名を使って暮らすように言いました。頭を下げて寺を出ていく幸福之助を見送り、ぽつりと言いました。


「他者を愛せない者は、自分を愛することしかできない。悲しいことです」


※ ※ ※


 山を下りると、世界には幸福之助しかいませんでした。道ゆく誰も彼もが幸福之助でした。幸福之助の顔。幸福之助の背丈。幸福之助の声。幸福之助の言語。男も女も皆、分け隔てなく幸福之助になっていました。


 ひとときの平等がやってきたのです。


 しかし、人々はいずれ──いや、すぐにでも何かしらの差異を見つけ出し、あいつとは違うと声高に叫びはじめることでしょう。それが人間だというのなら、もはや生きるための群れは意味を成しません。


 罵り合う二人の幸福之助の体が溶け合い、また別の幸福之助を取り込み始めます。そうして遠くない未来、すべての人類は一個の幸福之助という生命体となるでしょう。そのとき、ついに大平和が訪れるのです。


<終>

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大平和 幸福之助 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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