第19話 飛行船フライハイト①
雲海に浮かぶバル・バル・バルーンは、グリシーヌと呼ばれるつる植物の青い花に覆われている。その実をワイバーンが好んで食べるので、おそらく排泄物や体に付着した種子がこぼれ落ちて自生したのだろう。
そして丈夫なグリシーヌの繊維は、何層にもつり下げられたスカイエルフの町を支えるロープに使用されているのだ。
グリシーヌのお花に囲まれたステラとスピカの家に、女性のハナは泊めてもらったようだ。グリシーヌの繊維をあんで作られたハンモックに揺られ、体を丸めたハナはスヤスヤと眠っている。
『コトコトコト カチャン コトン トクトクトク』
小さくかわいい白いカップに、茶褐色の液体を注ぐステラ。机の上には、白いカップが2つ、青い花が漬けられたシロップ、そしてふっくら丸いパンが並べられている。
食器を取り扱う音に目が覚めたハナは、立ち上がる湯気と共に広がる芳醇な香りに鼻をヒクヒクさせた。
「ん〜〜〜っ。スンスン………、ふにゃ〜〜〜」
「おきたか。飲め」
ステラに差し出された茶褐色の液体を口に含むと、目を閉じ鼻から息を通して香りを楽しむハナ。
「はぁ〜。香ばしくて、美味しい〜! いったい何なんですか?」
「バル・バル・バルーンに絡みついているグリシーヌの実をワイバーンが食べて、お腹で発酵した種を焙煎したコーヒーだ。あとグリシーヌの蜜に花を漬け込んだシロップは、パンにもコーヒーにも何にでも使ってくれ」
「へえ〜お腹で発酵させたから、香ばしいのね〜。………えっ!?」
香りを楽しんでいたハナだが、カップを顔から遠ざけ考え込んでしまった。
「どうした? 東の国やヨルムンガンド、さらには帝国の商人すら、喉から手が出るほど欲しがる貴重なものだぞ」
「そっ…、そうなのですね。………ところで、スピカちゃんは、結局帰ってきませんでしたね」
「あぁ…、いつものことだ。朝食を届けてやろう」
朝食を食べ終えると、ステラはお茶を水筒にそそぎ、ジャムの詰まった小瓶とパンを籠に入れ、出かける準備を始めた。
ステラに連れられ、バル・バル・バルーンの外縁にある工業区にやって来たハナ。
大きな風車が整然と並び、町で使われる動力をつくっているようだ。
「ベルマンから、スカイエルフは昔ながらの生活をしていると教わったのですが、ここの雰囲気はまったく違いますね」
「ああ。帝国にヨルムンガンドが攻め落とされた頃、ロジャーがバル・バル・バルーンに逃げてきた。そして私達に、機械作りを教えてくれたんだ。今では、あちこちで機械が使われて、便利になったよ。………ここだ」
ステラが指差す先、
果てしなく広がる雲海の空に突き出る桟橋に、巨大な飛行船が係留されていた。
雲海の底に墜落していた飛行船フリーダム・ナイツのズングリした船体と違い、細長く流線型の優美な船体。
胴体部にはドラゴンの様な翼が両脇に取り付けられ、船尾に双発の大きなプロペラエンジン。
船体側面に書かれた船名は、フライハイト。
「す………、凄い飛行船ね………。ロンが見たら、きっと喜ぶのでしょうね。これがスピカが好きな、ロジャーの機械作りなの?」
「ああ…。ロジャーは昔、飛行船の船長だったらしい。まだ空への憧れは、捨て切れないのだろう…。機械作りを教わった者の中でも、スピカは特にこの船を気に入ってね」
ブリッジの窓から、小さな頭がヒョコヒョコ動いている。(スピカだ)ステラとハナが気づいた。
『ブオ〜〜〜ン』
突然、大きなエンジンから起動音が聴こえてきた。
「動き出した!? そんなバカな、完成しているのか!?」
「えっ、えっ、何、どうしたの!?」
何が起きているのか分からず、動揺する2人。しかし、船のエンジンが勝手に動くのは異常だ。桟橋からブリッジのスピカに、大声で呼びかけるステラ。
「スピカ! スピカーーー!」
ステラの大声に、スピカも気づいたようだ。ヒョコヒョコ動く小さな頭が動きを止めて、椅子に上がりブリッジの窓からヒョッコリ顔を出した。
「ゲゲッ!! ステラねー、何でいるの!?」
「何でいるのじゃない! 今日は、ラ・グリシーヌに行くのだろう!」
「スピカ、行かない!」
「また、わがままを言って!」
ステラとスピカの姉妹喧嘩が、また始まってしまった。
「この船があれば、ドラゴンに乗らなくていいの! ドラゴンが、戦争の道具にならなくていいの! 大切な人が、誰も死ななくていいの!」
「そういう問題じゃない! この船は、ロジャーの船だ! 何でスピカが、動かしているんだ!?」
『ブオ〜〜ン ブオ〜ン ブォン ブン ブーーーン』
プロペラが回転し円を描く。スピカは、飛行船を発進させる気満々のようだ。
「ロジャーが、失敗だって言うの………。そんなことない、一生懸命作ったもの! スピカが証明してみせるの!」
「バカな事はやめろ!」
2人が言い合いをしている間に、ハナはこっそり飛行船に忍び込んだ。
係留しているロープのロックが、次々に外れていく。
大きなエンジンが唸りを上げて桟橋を揺らし、足場の板やハシゴが雲海へ落下していった。
「スピカの、バカーーー!」
大きなプロペラが作り出す強風の中、桟橋の手すりにしがみつくステラ。必死で叫ぶ声がバル・バル・バルーンの工業区に響き渡るなか、スピカが操る飛行船がとうとう動き出していく………。
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