第7話

ちゅうおうへ

「あんた、俺の探し人は見つかったのか」

 ミミとサヤが小屋から去ったあの時のこと。

 サラは気配が無くなった頃を見計らって口を開いた。

【心当たりはある】

「……心当たり?」

【今、向かってる】

 その時、小屋の扉が開いた。

 そこから入ってきた人影を見て、サラは目を細める。

「……誰」

 その人は目を瞬かせた後、寂しそうに笑う。

【しきちゃん】

 黒い影はそう告げると、するりと消え、彼の手のひらへ戻る。

「本当か?」

 静かだ。

 精霊に問うが、精霊はそこに在るだけで何も答えてくれなかった。

【サラの探すいきもの。ちがうみたい】

 しきちゃんの言葉に合わせてぎこちなくはにかむ男。


 ――似ている。


 誰に、とは分からない。

 だが、その顔を見ていると胸の奥がざわついた。

 欠けた場所に指を差し込まれるような感覚。

 知らないはずなのに、離れ難い。

「もう、探すな」

 気がついたらそんな言葉が口から漏れ出ていた。

 幼い顔はきょとんとする。

「だから、そばにいたい」

(……いや、何言ってんだ俺)

 胸の奥がざわつく。

 焦るような、苦しいような感覚だ。

 しきちゃん……後にソウと呼ばれるそのいきものは、数巡した後――、

「やめたほうがいい」

 ――舌足らずな音が言葉を紡いだ。

「しきちゃんにちかづくと、だめ」

 サラは言葉を飲み込みきれず、顔をしかめた。

 どうやら、この人間は自分のことをしきちゃんと呼んでいるらしい。

「とりあえず、自分のことしきちゃんって呼ぶのやめた方が良いぞ」

「……しきさん?」

「ちげぇ」

 きょとんとするしきちゃんに、サラはため息をつく。

「俺は自分のことを俺と呼ぶ」

「……おれ」

「ああ、俺」

「……おれ」

 妙に真剣な顔で繰り返され、サラは頭を抱えたくなった。

 不思議ないきものだが、相手にする感覚は精霊に近い。

 言葉を教え、認識を合わせる。そんな関係。

(近づくなってどういう意味だ)

 聞きたいことが山ほどある。

 だが、会話が成立するまで時間がかかりそうだった。

「準備って何するんだ」

【いつもの姿で徒党の根城に行けば、警戒されるからね】

 だからこの姿で向かう。

 再び手のひらからいつもの姿を出すと、聞き慣れた音が説明してくれる。

 たしかに、と納得した。

 ならばまずは、遊び呆けているミミを呼ぼう。

(……って、どうしてあいつを呼ばなきゃなんねーんだ)

【ミミ、呼ぶ?】

 心を読まれたのだと気づいた時には、しきちゃんはミミを呼ぶよう精霊にお願いしていた。

『ミミ 呼んだ』

『こっちにくる』

 サラがしきちゃんと2人きりになってから静かにしていた精霊達は、息を吹き返したように騒ぎ出す。

 しきちゃんのような言ノ葉の使い手は、これまで見たことがない。識の力は不明で唯一無二だ。

 だから、このいきものが識の王だと言われてもさほど違和感はない。

 しかし、それ以上に何かを隠しているようにも感じた。

「そういえば、もうひとつのお願いは……」

 サラが言いかけたその時、ミミが飛び込んできたのだった。





「……」

 ソウは目を覚ました。

 勢いよく体を起こすが、痛みに蹲る。

 まだ傷が完全に塞がっていないようだ。

「あんた、その姿はなんだ」

 サラに問われ、ソウは自分の姿を確認した。

 小さい手。

 丸い膝。

 柔らかい足。

 5歳前後の幼子の姿だ。

(……いけない。)

 最悪だ。

 力を使いすぎた。

「……それが本当の姿か?」

 ソウは反射的に後ずさる。

「ミミのところにいってあげて」

「おい――」

 ソウはフードをかぶりそう告げると、サラの呼び止める声を置き去りにし、木々の間へ飛び込む。

 肺が痛い。

 身体の奥を叩かれるような鈍痛が響く。

 この身体は脆い。

 力を使えば使うほど、肉体が壊れていく。

 泥を踏みしめる音が響く。

 乱れ、引きずる音に、くずれた呼吸が混じり合う。

「……」


 その先に、“それ”はいた。


 泥に沈んだ、亀裂が走った眼孔に張り付く濁った眼球がそちらへ向く。

 言葉を離す喉も潰れ、口蓋も唇も崩れ……それでも泥からたくさんの気泡が浮かび弾ける音が聞こえる。

「まだ、いきてるのか」

 吐き出す息と共に幼い音が落ちる。

「にんげん……しつこい」

 子供はそれに手のひらを翳す。

 すると、辺りに浮かぶ泥は干からび、細かい粒子となってさらさらと風に吹かれて散っていく。

『お役目は大丈夫?』

『うん。これが終わったらすぐに戻るから』

 精霊に問われ、幼子――ソウは、わずかに目を細める。

『分かった。王全員に声をかける』

『水の王は、木の王を連れて先に向かってる』

『ここの浄化は任せて』

「ありがとう」

 微笑んだ直後、ソウの身体がぐらついた。

 壁に手をつき、そのまましゃがみ込む。

 痛い。

 内側から軋むようだった。

『大丈夫?』

 精霊から心配の感情が伝わってくる。

『……大丈夫』

 本当は、全然大丈夫じゃない。

 でも、精霊達に心配をかけたくなかった。

『今から住処に戻る』

 サラやミミにこの姿を見られてしまったが、仕方ない。

 特にサラは、この姿を見ても何かを思い出したようには見られなかったから。

(を話す機会があれば良いんだけど……)

 ソウは心の中で呟きながら、精霊に住処へ連れていってもらうようお願いした。







「……ミミ。起きろ」

 その声に導かれるように、ミミはゆっくり目を開けた。

 見慣れない天井。木の香りがする。

 顔を横に向けるとうさぎが起きたらしい。

 頬に擦り寄られた。

  身体を起こし――ミミはびくりと肩を震わせた。

 ベッドの傍にサラが立っていたのだ。悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。

 サラはそんなミミを気にしていない様子だった。

「これから中央の村に行く」

 サラは端的に言う。

「王全員が、改めて俺と顔合わせしてぇんだと」

 ミミは体を動かして、刺された脇腹の痛みが消えていることに気づいた。

 うさぎにお礼を込めて頭を撫でた。

「ソウさんは?」

「どっか行った」

 ぶっきらぼうな返答。

 だが、その声にはわずかな不機嫌さが混じっていた。

「あいつが小さくなってた理由は聞けなかった」

 サラの静かな声に、思わず俯いていた顔を上げる。

「だから、聞き出すぞ」

 ミミの表情は晴れる。

「うんっ」

 元気よく頷いてから……ふと、思い出す。

「そういえば、サラの探してる人は見つかったの?」

 サラは珍しく言い淀んだ。

「……会った」

「えっ」

「でも、思い出せなかった」

 ミミが小屋から離れている間に、しきちゃんは件の人とサラを会わせてくれたのか。

 結果は残念に終わってしまったが、しきちゃんはやはり有能だ。

「そっか……記憶が戻ったら良いね」

「……」

 サラはじろりとミミを見てから、先に部屋を出ていった。

「相変わらずだなあ」

 ミミは思わず苦笑する。

「うさぎ、傷を治してくれてありがとう」

「キュワ?」

 うさぎは首を傾げたあと、首を振った。

「……うさぎじゃない?」

(サラが治してくれたのかな……)

 まさか、ねぇ。

 ミミはベッドから降りて部屋から出た。


「ミミ、体調はどうだ?」

 ここは水の国の南東にある村だとスピルが説明してくれた。

 ミミを運び、ヒカリの住処まで連れてきたとの事。

「約束、忘れてないよな?」

(すっかり忘れてた!)

 問われ、目を泳がせる。

「もちろん。これからしきちゃんに会いに――」

『よぶ?』

 精霊の声が聞こえたその時、

【呼んだ?】

「うぉあっ!?」

 小さいしきちゃんが空中に現れた。

 スピルもぎょっと目を開く。

「この人達がしきちゃんに会いたいって言ってたから」

 しきちゃんは2人を見て、首を傾げる。

「脱出しろって言ってきたヤツじゃねーか」

 スピルはしきちゃんをしげしげと見つめる。

【何か用?】

「いくつか聞きたいことがあんのよ」

 スピルは姿勢を正した。

「崩壊した建物の中に知人がいたんだ。そいつらが生きてるかどうか知りたい」

【みんな死んだよ】

 機械的な対応。

「……まあ、そうだよな」

 スピルは残念そうに眉尻を下げた。

【他には?】

「あいつらは、元の世界に帰る方法を知りたがってたんだ。全知全能のキミなら知ってると思ってよ」

 しきちゃんは何度か瞬きをした。

【……残念だけど、しきちゃん知らない】

「それなら、ハーピィは?」

 ミミが会話に入る。

「ハーピィ?」

 スピルは眉を寄せる。

「知らない? この世界に連れてきたいきもの」

「……」

 額を抑えて難しい顔をするスピル。

「願いを叶えてくれたじゃん」

 スピルの顔がどんどん険しくなる。


「……いたか。そんなやつ」


 ぽつりと、スピルは返した。

「じゃあスピルは、どうやってこの世界に来たの?」

「……それが」

 スピルは冷や汗を浮かべる。

「思い出せないんだ」

「思い出せない?」

 サラ、ヒカリ、スピル……いずれも忘れている事がある。

「……」

 ミミも忘れた記憶があるのだろうか。

(と言っても、あたしはもともと記憶力良いわけじゃないしなあ)

【ハーピィといういきものは、この世界にいないよ】

 しきちゃんも不思議そうに空中を揺れている。

【しきちゃんも直接会ってみたい】

 識の王も知らない存在。

(一体、何者なんだ……)

「おい」

 その時、不機嫌な声がかかった。

 振り返ると、サラが睨んでいる。

 視界の端で、しきちゃんが空気に溶けるようにいなくなった。

「早く行くぞ、チビ」

「……口悪」

 小さく文句を零してから、スピルとツキに向きなおる。

「2人はどうするの?」

「ずっとあの建物の中にいたから、この世界を見て回ろうと思って」

 な、とスピルは隣のツキに笑いかけると、ツキは頷く。

「またね」

「ああ」

 スピルとツキが手を振ってくれるのを最後に、ミミは先を歩くサラを追いかけた。

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異世界モノ語 琴月海羽 @miwa-kototsuki

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