第32話
自動ドアをくぐると、人気のない店内で、レジカウンターに立つ須藤さんと真っ先に目が合った。
「もう大丈夫そう?」
少し心配そうな顔で、唐突にそんなことを聞かれた。
「え?」
なんのことかわからず聞き返す僕に、店長は当然のような口ぶりで答える。
「テールちゃん、風邪なんでしょ?」
「…………は?」
聞いてないぞ、そんな話。
*
実家のインターホンを鳴らすと、すぐに戸が開き、テールのお母さんが顔を出した。
「……ごめんねぇ、心配かけちゃって。あの子、熱出してずっと寝込んでて」
「それで? テールは、今、どこに!?」
遮るように問いつめると、テールのお母さんは、困惑した様子で僕を見上げた。
「え? ……もうそっちへ戻ってるんじゃないの?」
その言葉に、僕は青ざめる。
血の気の引いた頭に、夏の終わりの肌寒い風が吹きすさぶ。
けれど頭はまるで冷えない。
むしろ火照ってぐちゃぐちゃになった思考のまま、平日の街を無我夢中に駆ける。
何が何だか、わからないまま。
帰って、仮にまた会えたとして、それでどうする? それでどうなる?
きっと、何もかももう手遅れだ。
自分の荷物だけをまとめて、君はすぐさま出て行ってしまうのだろう。
そうして、問いただす僕に言うのだろう。
『何を考えているか、わからない』って。
――――そんなの、僕だってそうだ。
僕はテールに幸せであって欲しい。
他の誰よりも、無論僕自身なんかよりも。
それを考えるなら僕は向かうべきじゃない。走るべきじゃない。
けれど、この足は決して止まらない。
退学もバイト生活も、結局は僕の〝エゴ〟だった。
そんなものは独りよがりの〝理想〟でしかなかったんだ。
ちょっぴり曇った小雨の日、僕はツインテールの美少女に出会った。
可愛いと思った、
綺麗だって思った、
素敵な人だって、思った。
だから僕はテールとの時間を選んだ。
テールと一緒にいる時間。テールと一緒にいる未来。
それだけで僕は幸せだった。
それこそが僕の幸せだった。
……けど、テールはそれで幸せだったのか?
僕は僕にとっての幸せが、君にとっても幸せだって、思い込んでいただけなんじゃないか?
僕は知っている。
――――点滅中の横断歩道をそのまま無理やり突っ切って。
テールは、本当は無口なんかじゃないし、物静かなわけでもない。
――――近道の路地に飛び込んで。
そして別に、あの髪形が気に入っているわけでもない。
――――狭い曲がり角に手を突いて曲がり。
それは全部、僕の前でだけだ。
――――横切った自転車に轢かれそうになりながら。
僕がいないときの君は明るくて、優しくて、温かくて、
――――どっちが本当の君かなんて、馬鹿な僕にだってわかる。
だけど。
それでも僕は、止まれない。
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