第31話

 今日の分のバイトを終えて、鍵のかかった扉を開ける。


「ただいま」


 当然のように、返事はない。

 無言でうなずくことさえも、ふるふる揺れる髪さえも、どこにも見当たらなかった。


 玄関に君の靴は無く、リビングに君の猫背は無く、寝室にも君の寝顔は無い。

 廊下の途中の散らかったままのキッチンには、君の大好きなココアの袋が、空っぽのままほかってあった。



 ツインテールの不法侵入者が現れなくなってから当たり前のように一週間が過ぎた。

 メールへの返信もなく、電話をかければ四六時中電源が切れたままで、連絡さえも完全に途絶えていた。


 お茶を濁すように僕は夏の終わった平日の街へ出る。

 中途半端に晴れた午後、大通りでさえ人気はまばらだった。


 適当に歩いて、適当なものを買って帰るだけのはずが、僕の足はいつの間にかあの服屋へと向かっていた。


 正直、不安だった。


 拒まれるのが。

 嫌われるのが。

 知らぬ間に、離れて行ってしまうのが。

 たまらなく恐ろしい。


 僕の周囲は、いつだってそうだ。どうしてか怒って、なんでなのか呆れて、言いたいだけ言って、ぱったりといなくなってしまう。

 言いに来るのならまだマシで、最近では知らぬ間に他人になっていることの方が多くなってきた。


『何考えてるのか分からない』

 決まっていつもそう言われた。

 決まっていつも、こっちの台詞だと思った。

 けれど、本当はわかっていた。


 悪いのは、いつだって僕の方だ。



 須藤さんの服屋は、もう目の前だった。

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