第9話 出会い
(馬鹿が…。)
悪態を吐いたアーダムは、遠くにいるトロールを見上げた。
それはとても大きな存在だった。
(…そうか。あの時の恐怖は自分より体躯の大きい
などと一人納得する。
地面が揺れ、トロールが近付いてきた。
幸い(?)にも、トロールの目の前にいた少年は身動き一つ取っていなかった為、トロールに
問題はアーダムだ。
(私も動いていないんだがな。)
なぜかトロールは、アーダムの方には近付いてくる。
嫌な予感がした。
(なぜアイツは叫んでも眼中にないのに、私には近寄って来るのだろうか。)
だが、このまま動かずにいてもトロールの棍棒が振り下ろされる射程距離内に入ってしまう。
その時になってから逃げようと思っても、アーダムにとっては手遅れの筈だ。
(さて、どうしようか…。)
逡巡している内に、トロールは刻一刻と近寄ってくる。
その都度地面が揺れ、アーダムは恐怖に搔き立てられてしまったので、思わず逃げようと動いてしまった。
すると、
『ヴォォオオオオオオオオッッッ!!!!!』
トロールは上空に向かって耳を塞ぎたくなるような叫び声を上げた。
アーダムの前髪が風圧で捲れ上がる。
そして、さっきまでのゆっくりとした歩幅が嘘のように、いきなり
(嘘だろ…!?)
なぜ自分ばかりが…、と思いながら、アーダムは必死で逃げ始めた。
トロールはすぐに追いついてくる。
「うぉっ!?」
棍棒が振り下ろされ、地面に当たった風圧でアーダムは吹き飛ばされた。
背中から地面に着地し転がる。
「ぐっ…、ペッ!」
口の中に木の葉や木の枝などが入り、痛みに顔を顰めながらアーダムはそれらを吐き出す。
『グゥゥゥ…。』
トロールは鬼のような形相で唸っていた。
アーダムは瞬時に考える。
(どうする…?もしここで魔法を使えば、私の(残存)魔力量が0になって倒れてしまうかもしれない。そうなれば即座に叩き潰されるだろう。一発で仕留められれば問題ないんだが…。)
トロールが辺り一帯を無分別に棍棒で打ち叩いた。
トロールの周りには棍棒で作られたクレーターのような穴がいくつもできている。
砂埃が目に入ったアーダムは、顔を腕で隠しながら細目でその様子を伺った。
(そもそもの私の魔力量自体が少ない今となっては、賭けに出るのは危険だろう。)
かといってアーダムの足で逃げ切ることもできない。
一先ずアーダムは、トロールに見つからないようにまだ潰されていない木の陰に隠れた。
(クソッ!こんなことなら、こんなトコに来なきゃよかった…!)
アーダムは後悔する。
なぜ自分は欲をかいてしまったのだと。
元々、なんでアーダムはこんな場所にいたのだろうか。
―……。
(…そうだ!)
アーダムは急いで少年の姿を探した。
少年は遥か遠くにおり、アーダムの少年の間には暴れているトロールがいる。
少年の元へと行くには、まずトロールをどうにかしなければならなさそうだ。
(クソッ!なんで私はあっちへ逃げなかったんだ!!)
時既に遅し。
仮にアーダムが走ったとしても、トロールの歩幅を考えると簡単に追い付かれてしまうだろう。
そうしてグルグル考えている内に、アーダムはまた閃いた。
(そうだ!こんな時ほど魔法を使えばいいんだ!!)
(…いや、駄目だ。アレは魔力量によって行ける距離に制限がかかる。トロールの目の前にワープして気絶したら終わりだ。でも、どうすればいいんだ…!?)
思考に集中していたアーダムは、いつの間にか辺りが静かになっていることに気が付かなかった。
嫌な静寂である。
(なんだ…?)
初めて、アーダムは何かしらの違和感に気が付いた。
ふとトロールの上の方を見てみると、その顔面がこちらを向いている。
どうやら、アーダムがいる場所に気付かれたようだ。
背筋に悪寒が走る。
(これは、不味いな…。)
トロールがまた雄叫びを上げた。
そのままこちらへ向かって走ってくる。
「クソッ!」
今日何回“クソッ”と言っただろうか。
なぜだかこの体になってから、アーダムはしょっちゅう毒を吐くようになっていた。
自暴自棄でアーダムも走り出す。
そのまま少年の元へと向かおうとした。
必然、トロールの元へ向かうことにもなる。
走ってきたトロールは、まさかアーダムがこちらへ向かってくると思わなかったのだろう。
とても大きな歩幅で、アーダムが背を向けて逃げていれば追い付いていただろう地点へと到着し、結果、アーダムとすれ違うことになった。
トロールは、本来目の前にいる筈のアーダムが横を通り過ぎたことで、混乱した表情をする。
ラッキーだった。
もしもトロールがもう少し小さいサイズでいれば、このようなことにはならなかっただろう。
混乱したトロールは、そこで数秒二の足を踏んだ。
(やってみるもんだ。)
アーダムはふと、鼠が猫に立ち向かう様子が頭の中に浮かんだ。
あれも案外生存確率を上げる為には必要なのかもしれない。
だが、混乱が解けたトロールは、すぐさまアーダムを追いかけようとする。
鈍くさい巨体故に方向転換に苦労していたようだが…。
それも一瞬のことで、方向転換後のトロールの動きは早かった。
直線をただ進むだけならどんな馬鹿でもできる。
(ここまでか…。)
これ以上粘っても捕まってしまうな、と観念したアーダムは、
「الله، انقلني…。」
ボソッと呟いて、
その時、アーダムは神に祈る。
これまで一度も祈ったことがない存在に…。
視界がほんの束の間遮断し、即座に戻ってくる。
天と地が逆になり、アーダムは仰向けに倒れていた。
(最近こんなことが多いな。)
空には疑似的に作られた白い雲が見える。
「え!?え!!?」
隣で声がしたので見ると、件の少年がずっと同じ格好でへたり込んでいた。
アーダムは目だけを動かし、その様子を見る。
(こんなことをしている暇はないな。)
アーダムは起き上がろうとし、少年に何かを伝えようとした。
が、急激な吐き気に襲われる。
思わず身を屈めたアーダムは、嘔吐しないように口を手で押さえた。
(来たか…。)
魔力切れによる吐き気・眩暈が襲ってきたようだ。
「オイ。」
数秒それに耐えたアーダムは、唐突に少年へと話しかけた。
「魔法を使え。」
少年は目を白黒させている。
アーダムは思った。
今の自分に魔力はない、だが知識はある。
これまで生きてきた中で培ってきた魔法の知識、そこで学んだ呪文を少年に教え、少年に魔法を使わせればいい、と。
だが、少年は、
「え!?え!!?」
と先程から同じことしか言わない。
「“え?”じゃないだろう。いいから使え。アレ=ハブドゥマ=オ=ラヌマティクだ。」
と早口で伝えた。
「……。」
少年は呪文を唱えようとしない。
そのことにアーダムは苛立った。
(なぜだ!?この私から上級魔法を教われるなんてなかなかないんだぞ!?黙って座って待っていれば呪文が降って湧いてくる訳でもない。こんな機会はそうそうないのになぜ素直にそれをやらない!!?)
苛立ったアーダムは、今度は大声で「アレ=ハブドゥマ=オ=ラヌマティク!!」と叫んだ。
目前に迫るトロールを指差しながら。
そうしたら、魔法が発動してしまった。
―ポヒュッ…。
それは微かな音を立て、指先からおならを思わせるような小さな煙を吐き出しながら、すぐに消えてしまった。
その割に反動がすごく、アーダムの吐き気は更に2段階ぐらい大きくなる。
(最悪だ…。)
こんな無様を晒した上、きっと嘔吐して倒れてトロールに潰されてしまうのだろう。
気力が尽きたアーダムは、本当に倒れてしまった。
(もう駄目だ…。)
アーダムは地面に顔を付けて倒れ、そのひんやりとした感触に束の間の安らぎを得ていた。
現実逃避とも言えるだろう。
地面の揺れすらも心地よかった。
「ア…アレ=ハブドゥマ=オ=ラヌマティク!!!」
突如、頭上で轟音が鳴り響いた。
それはアーダムが教えた魔法であり、放てば雷撃がレーザーのように相手を直撃するものであるが…、
(…太いな。)
アーダムが想像していたよりも何倍もの威力で、それはトロールに直撃した。
暫く轟音が鳴り響いた後、今までの五月蠅さが嘘のような静けさがやってくる。
限界を感じたアーダムは、そのまま目を閉じて夢の世界へと入った。
さる老人は夢もなく目的もなく、ただ生れ落ち死に行く様はまるで枯れ枝の様で 羊狩り @liar_shepherd
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