第20話 心臓部
通路の奥で遠く爆ぜるような地響きがした。
四人──源田半之丞、和辻十蔵、荒木仁右衛門、そしておキヌ──は、互いに目を合わせた。外でなにかが起きているのは確かだ。
「いまの爆発音……まさか、アイツら……」
源田が低く唸るように言った。胸に不安が広がる。配下の者たちは無事だろうか。
荒木もそわそわと後ろを振り返る。しかし、
「時間がないわ。外へ戻るべきか迷っている暇はないの」
おキヌが声を潜めながら強く促す。その表情はやや蒼白だが、意志は揺るぎない。
源田は黙って奥歯を噛んだ。和辻十蔵もうなずき、荒木は拳を固めると振り返った。
「わかった。おキヌ殿、先の道を案内してくれ。体は大丈夫か?」
「ええ、荒木さま。お気遣いなく」
荒木は思わず言ってしまった「大丈夫か?」を反省した。大丈夫なわけはない。見れば分かる。おキヌに余計なひと言を言わせたに過ぎない。ただでさえ、おキヌは記憶を呼び覚まそうと全集中しているのに。荒木は邪魔でしかない自分を恥じた。
おキヌは唇を引き結び、微かな痛みに耐えながら地図を思い出すように目を閉じる。
「こっちです」
おキヌが短く告げる。
捕まっていたときの記憶を頼りに、曲がり角や柔らかな壁を素早く通り抜ける。緑色の粘液が垂れ、足元にこびりつくが、誰も立ち止まらない。
やがて、薄い壁を裂くと、広い空間が姿を現した。岩陰に身を潜めて四人は辺りを窺う。
目に飛び込んでくるのは、脈動する卵の群れと、ぐずりとした赤黒い粘液の海。中央には巨大なメスが鎮座している。体長は五メートル以上はある。先ほどまでの化け物が小さく見えるほどの威圧感だ。荒木とおキヌが思わず息を呑む。
その膨れあがった尻の先端からは、さらに無数の卵が生み出されそうだ。そして、長い口──まるで半透明のストロー──が伸び、近くの死骸に突き立てられていた。血の通う管のようにそれが脈動し、毛虫めいた動きで奥深くまで差し込まれていく。
ぐるりともぞもぞとストローが動くたび、遺体から血が吸い上げられ、干からびていくのが見てとれた。そして、赤黒い液体が管を昇り、メスの体内に消えていく。
「むごいことを……」
荒木が小さく息を呑む。
メスが尻を震わせながら血をすすり、卵へ養分を送るたびに、ぴくぴくと卵の殻が揺れていた。そこかしこに散る人間の干からびた死体が、この巣が築いてきた無数の惨劇を物語っている。
「まずは、それがしが卵を薙ぎ払う」
不意に、和辻十蔵が静かな口調で口を開いた。
「源田殿は、持てるだけ卵を抱え込み、奥の通路へ走ってください。化け物は卵を守るため、必ず後を追うはず」
「なるほど、奴がそっちへ向かえば、背を向ける。つまり……」
源田が尻尾に視線をやる。
「デカいケツが無防備になるわけだな」
「そういうことだの」
十蔵が頷く。「おキヌ殿、できるかの?」
「ええ。外から爆破するだけでは仕留めきれない可能性があります。尻の外殻は厚そうで……内側からドカンとやらないと」
「では、内側から爆破するにはどうすればよいかの?荒木殿」
十蔵が荒木を見た。荒木は黙って刀の鍔に手をやり、目を鋭く細める。
「私が切り裂くしかありますまい。あのデカいケツを斬り開いて、おキヌ殿の道を作る」
「源田殿、差し出がましくて申し訳ないが、思いついてしまったものでの、許してもらえんかの?」
「和辻、詫びる必要などない。見事な作戦だ」
「では、源田様、火薬を」おキヌが手を出した。
「絶対に死ぬな。おなごは立派な子を産まねばならぬからな。あんな化け物と違って、人の子は宝じゃ」源田は火薬袋をおキヌに渡した。
おキヌは火薬を握りしめ、短くうなずく。そして、少し口元を緩めて言った。
「はい。実はもう」おキヌは自分の腹を優しくさすった。
「なんと!? 子がおるのかの?」
「だから、アタシ、死ねないのですよ」
「わかった。必ずみんな生きて帰ろう。命令だ、いいな!」源田が力強く言った。
見つめ合い、結束を強く感じ合うおキヌ、十蔵、源田の三人。そして、荒木はというと
「……おキヌ殿に、子がおった……あはは、めでたい、めでたい……めでたい?」半狂乱で生まれたてのヒヨコのようにフラフラしていた。
「して、おキヌ殿、相手は誰じゃ!?」と詰め寄りたいところだが、そんな場合ではないことは重々承知だ。かろうじて、理性が上回り、泣き父へ愚痴るだけで我慢した。
(父上、運命とはなんと酷い……おりょうもおたけもおかねも、いいおなごはみ〜んな先約済みでござる!! 私にまわってくるのは、おてもやんみたいな年増ばかりでござる!! あー、もういやでござる)
一瞬だけ女好きの本能が蘇ったが、目の前の惨劇に荒木は我に帰り、褌を締め直した。
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