第14話 謎の物体
炭鉱の暗く息苦しい通路を抜けてしばらく、荒木たちはわずかに開けた斜面を下りながら奇妙な風を感じ取った。湿った地の底でありながら、空気がゆるやかに流れ込み、かすかな風音が耳をかすめる。
「この先が“大穴”でさあ。間違いねえ」
吉六が声をひそめつつ呟いた。
和辻十蔵が淡々と周囲を見回しながらも、鞘口を握る手にはわずかな緊張がにじむ。後ろを歩く源田は膝と肩に包帯を巻き、まだ痛みが残るらしく足を引きずっているが、その目に宿る闘志は失われていない。
「おお……」荒木が思わず声を漏らした。
突然、開けた視界。そこはまるで巨大な鍾乳洞のように天井が高くえぐれ、岩肌に無数の鍾乳石がぶら下がっている。そして足元に広がる地形も段差だらけで、一見して天然の大空洞とわかる迫力だ。
時折どこからともなく滴る水が地面を打つ音が響きわたる。松明や行灯がかすかに照らす先には、巨大な影が微動だにせずそびえていた。
「……なんだ、あれは……?」
源田が思わず声を失う。そこには、岩でもなく木材でもない、不気味な光を放つ巨大な塊がドッシリと横たわっている。表面には緑色の鈍い光沢があり、地面にめり込むように半ば埋まっているように見える。しかし、異様なのはその流線型のフォルムだ。まるで巨大な甲虫でも伏せているかのごとく、左右対称の丸みを帯び、所々に突起がある。
「え……なんだ、これ……」
吉六が喉を鳴らすように言った。炭鉱夫として長年働いてきた彼でも、こんな鉱脈も岩石も見たことがない。しかも妙に滑らかな曲線が、岩壁とはまったくなじまず、見れば見るほど“作り物”の印象を受ける。
「何かの砦か? ……どこの国が、こんな地下に要塞を作るんだ?」
源田が刀で軽く表面を叩くと、カン……という金属とも樹脂ともつかぬ奇妙な音が返ってきた。次の瞬間、まるで虫の表皮を叩いたかのように微かに振動が伝わり、虹色のような反射がブワリと広がる。
「生き物なのか……?」
荒木が思わず眉をひそめる。そう尋ねたくなるほど、有機的な曲線と触覚じみた突起が目立つ。
周囲に近づくにつれ、息が詰まるような圧迫感が生まれる。表面には無数のブツブツがあり、それがまるで呼吸をしているかのようにわずかに脈動している気がする。松明の揺らめきに合わせて、金属的な緑色が妖しく変化していた。
「これ……別の国の新式の黒船か何かだろうか? しかし、こんな地下に船があるわけない……よな」
不意にごくかすかな振動音が足裏に伝わってきた。ドクン、ドクン……脈打つ心臓のように周期的な震動が物体から放出され、周囲の空気を揺るがしている。
「生きているか……あるいは黒船のように動力があるのか……」
十蔵は眉をひそめながら、視線をめぐらせる。いずれにせよ、人間の建造物とは思えない。息を凝らす一同の耳に、コツ……コツ……という何かが内部で動くような微かな音まで聞こえ始めた。
「これ以上近づけば、化け物が襲ってきやしねえか?」
吉六が怖気づいたように後ずさる。だが、荒木が押しとどめた。
「ここが巣ならば、いずれ戦わねばならぬ」
「銃をとれ」源田が刀を鞘に収め、代わりに銃を握り直す。隊員たちも続いた。
吉六はそろそろと表面のブツブツに触れながら、どんな素材か確かめようとしていた。まるで固い甲冑のようでもあり、生物の殻とも感じられる。手が離れた瞬間、ブツブツの隙間にへこんだ小さな穴があったのだが――
「ん? なんだコレ……指が入るじゃねえか……」
「おい、お前やめろ、何があるかわからん」そばにいた隊員が小声で言ったが、その言葉を聞かず吉六はその小さな穴に指をぐっと押しこんでしまった。
すると、ブツッと音がして表面にあった突起が勝手に動き、まるでボタンのように沈み込む。
とたんにゴゴゴゴと低いうなり音が周囲に震え、外殻の一部が震え始めた。
「お、おい吉六! 何をした!」
荒木が声を上げるも手遅れ。ドン……と重い衝撃が走り、緑色の外殻に縦長の亀裂が走る。そこから幾重もの仕切りが開いていき、内側に飲み込まれるように重々しい扉が開いた。
「わ、わわわわ! 俺は何も……いや、ちょっと指が滑っただけで……」
吉六は慌てて尻餅をつく。ドアが開いていくにつれて、内部から“シュウウ……”という空気の噴出音が聞こえ、怪しい緑色の光が漏れ出してくる。外にはなかった、より異質で気味の悪い輝きだ。
「馬鹿者、下手に触るなと言ったではないか!」源田が怒声を上げる。
その扉と思しき部分は、さながら洞窟の入り口のように内側へ食い込んでゆく。金属の継ぎ目かと思ったラインがスライドし、階段にも見える段差が生まれ始めた。
「ここ……中に通じているのか……?」
荒木は刀を構え直し、十蔵も傍らで鯉口を切る。二人とも言葉を失うほどの衝撃を受けていたが、同時に目を奪われている。炭鉱の下層で、こんな構造の“何か”が眠っていたなど、到底信じられない光景だ。
「フシュー……」
不意に、大穴の空気を震わす低い呼吸のような音が聞こえた。明らかに化け物を連想させるあの“フシュー”だ。だがそれは、ドアの向こうから漏れ聞こえてくる。内部に潜んでいるのか、あるいはこの金属の“砦”そのものが呼吸しているのか、分からない。
ゾクリと背筋を駆け上がる悪寒。先刻までの静寂が嘘のように、一行の全身に緊迫が走る。誰もが武器を握り、ドアの方へ警戒を強める。
「……気配がある。中におるの」
十蔵が低い声で言い、源田が頷く。
「下がれ下がれ! 陣形を組むぞ! 吉六、お前は何もしなくていいから隠れていろ! 変に触るな!」
「す、すまね……ほんとすまね……」
吉六は平身低頭で後退り、荒木と十蔵が扉の正面を固める。源田はやや後方に位置して銃手を配置し、一瞬で戦闘態勢を整えた。
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