第13話 源田の声

 荒木と十蔵はお互いに面差しを確認するように短い視線を交わした。


 「和辻殿、よくぞご無事で」


 「自分でもそう思いますの、アッハッハ。あの奥で化け物とやり合いました。よく生きておれたわ」


 「旦那、化け物とやり合ったのかい?」吉六が横から割り込んできた。


 「はい。恐ろしい相手でしたがの。源田殿と二人で何とか仕留めました」


 「えー!! 旦那たち、化け物を倒したんかい!?」吉六が驚きの声を上げると、それを聞いた竜義隊の隊員たちは目を丸くした。


 「おお!隊長が化け物を倒したぞ!」

 「これで仲間の仇が討てた……」


 換気の声が上がる中、源田が一喝した。


 「終わりじゃねえんだ!!」


 隊員たちは時が止まったかのように、動きを静止して源田を見た。


 「……隊長、今なんと……」


 そう言う十蔵に、荒木は目を丸くする。あの源田と二人きりで化け物を倒したという事実がにわかに信じがたいのだろう。


 「俺と和辻が殺ったのは一匹だけだ。化け物はまだいる」


 「源田殿、なぜそのように思われるのか?」荒木が聞いた。


 と、源田は十蔵に目配せをして言葉を促した。


 「大きさが違うのです。我々が討ち取った化け物は、これまで見てきた化け物と姿形は同じでしたがの、少し小さかった」


 隊員たちは、「本当なのか」とばかりに源田に視線を向けた。


 「和辻の言った通りだ。だから、気を緩めるな」


 「しかし、敵も無敵じゃないと分かっただけでも、それがしはうれしゅうござる」荒木が言った。


 「そうでさあ、旦那方は我が藩きっての剣士たちなんだろ? 力を合わせりゃ、きっとみんなの仇を討てるんでさあ!」吉六が続いた。


 「そうだな、やれる。俺たちはやれる」口々に言う隊員たちは、ズタズタに引き裂かれたはずの自信を再び取り戻したようだ。


 「みんな、聞いてくれ」源田がふらつく体で踏ん張りながら、絞り出すように言った。


 荒木はその声に以前とは違う響きが含まれているのを感じた。


(これが、さっきまであれほど取り乱していた男の声か……。なんと、澄み切っておることか)


 「迷惑かけたな」


 「隊長!」



 「俺は、頭に血が上ってしまった。隊長失格だ。『源田は隊長の器ではない』そう思うヤツがいたら、ご家老にそう伝えるがいい。恨みはせん。俺はいつでも竜義隊を去るつもりだ。だがな、あの化け物を倒すまでは、頼む。俺に力を貸してくれ。この通りだ」

 

 源田は深々と頭を下げた。隊員たちがどう思っているのかは、その顔を見ればわかる。


 荒木は思わず心を奪われてしまった。侍たるもの、このように配下の者に対して頭を下げるなど、そうそうできることではない。


 (これが、源田半之丞の真の姿……)


 荒木がふと横を見ると、十蔵がニヤニヤしていた。


 (なんなんだ、このお方は。こんな美しい場面になんと不謹慎な)


 しかし、同時に荒木は“変化”を感じ取っていた。

 源田と十蔵の間には、明らかに先刻までとは違う雰囲気が生まれている。


 荒木はそんな変化に戸惑いながらも、(ならば都合がいい)と心の中で思う。いまだおキヌの行方は不明。化け物がどこまで炭鉱を支配しているかもわからない。ここで源田たちと改めて協力体制が整うのなら、また新たな一歩を踏み出せるかもしれない。


 「……では、再度作戦を練りますかの。吉六、例の“大穴”とやらには近づいたかの?」


 「“大穴”は多分この上……そう遠くねえと思いますぜ」


 「“大穴”とはなんだ?」隊員の一人が尋ねた。


 「この炭鉱で一番奥にある一番広い場所でさあ。全ての道がそこにつながってる」


 「そこに化け物がいるのか?」別の隊員が聞いた。


 「その可能性が高い、そう我らはふんでいた」荒木が答えた。


 「まずはその“大穴”を偵察せねば。よく地形や地盤の硬さを見ておく必要がありますかの。いずれ爆薬の力を借りるのならば、場所を間違えては万事休す」


 十蔵の言葉に、源田はまた恥じ入るように唇を引き結んだ。かろうじて「わかった」とだけ応じ、部下たちに支えられて座り込む。彼はもう先ほどのように、むやみに火薬で炭鉱を吹き飛ばすなどとは言うまい──そう感じさせる落ち着きがあった。



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