第12話 共闘
「今なら討てる……源田殿、左から牽制を!」
十蔵が叫ぶと同時、源田は衝撃で痺れる腕をこらえながら刀を振るい、岩壁を叩くようにして音を立てる。化け物がわずかにそちらへ向いた隙を突いて、十蔵が疾風の如く駆け込む。狭い空間ゆえ、剣速を落とさないよう腰を落とし、獲物に肉薄する。
「ォォオッ!」
一撃。十蔵の刀が化け物の前脚を斬り裂いたように見えたが、手応えはぬめりと硬い外骨格が混ざったような気持ち悪い感触。確実に斬ったはずなのに、化け物はほとんど動じない。むしろ耳をつんざくような“フシュー”という叫びに近い音を放ち、尻尾を振り上げる。
「和辻!」
源田が気づき、もう片側から斬りかかった。まるで槍のように突き出された尻尾の先端を刀で受け止める形になり、火花が散る。金属と異質な甲殻とが交差する妙な音が響き渡った。源田は荒々しい腕力を込めて弾き返すが、相手のパワーは凄まじい。
「こんな狭いところでやられたらたまらん……!」
源田はもう一度刀を振るい、尾の付け根辺りを狙う。しかし化け物は天井を蹴って横に飛び、浅く刃がかすめるだけ。続いて長い腕を振り下ろしてきた。鋭利な爪が源田の肩を掠め、鮮血が飛び散る。
「ぐっ……!」
源田は痛みに顔を歪める。そこへ、十蔵の追撃が間に合った。今度は背後から化け物の腹部に一撃を入れた。手応えあり。糸を引くような体液が吹き出る。化け物は大きくのたうち、天井と床を忙しなく往復するように逃げ回るが、狭い空間が幸いして逃げ場は少ない。
「源田殿、大丈夫かの?」
十蔵が横目で声をかける。源田は肩から血を流しながらも、刀を握り直してうなずいた。
「こんなかすり傷、へでもねえ……!」
荒々しい呼吸をしつつ、源田は倒れそうな体を支えるため、そっと後退して岩に背を預ける。
化け物は深傷を負っているらしく、赤い液を垂らしながら天井を這いまわっている。しかしまだ動きは素早い。へたに接近すれば反撃を受けるリスクが高い。十蔵は冷静に相手の動きを読み、チャンスを待つ。
化け物がまた跳躍し、尻尾を突き出す。狙われたのは源田だ。源田が血走った目で迎撃しようと刀を振り上げるが、身体が思うように動かない。肩の傷が深いのだろう。
「うぐぐ……」
しかし、化け物の斬撃をなんとか刀で受け止め、踏ん張った。
「……ここだ!」
その瞬間、十蔵は相手の死角を見極め、無音に近い踏み込みで切り込んだ。化け物が源田へ意識を向けている隙を見事に突き、狙いすました刀が見事に尻尾の基部を断ち切る。
絶叫するような“フシュー”が洞内に満ちると同時に、化け物は尾を失いながら落下した。源田がとどめを刺すべく力を込めて刀を振り下ろす。頭部へ深々とめり込んだ刀身に、化け物は凄まじい痙攣を見せたのち、やがて動かなくなった。
「はあ……はあ……」
源田が刀を引き抜き、地面に手をついて息を整える。粘液と血の混じったどす黒い液体が、ズルズルと床に広がっていた。
「……見事だの、源田殿」
「ふん……見事なのはお前だ」
肩の傷から血が流れ続ける源田を見て、十蔵は自分の着物の袖を破り、源田の肩に巻こうとした。即席の止血帯だ。
「血を止めねば、危ない」
「俺を誰だと思ってる? 竜義隊隊長、源田半之丞だ。これしきのことで……」
源田は一瞬、突っぱねようとしたが、痛みが激しく、意識が遠のきかけるのを感じた。
倒れようとする源田の体を十蔵が支えた。
「化け物はまだ1匹倒したのみ。あとどれくらいこの暗闇に潜んでいるかもわからぬ。お主の力が必要なのだ、源田殿」
十蔵が再び縛ってやろうとすると、今度は抵抗せずに源田は身を任せた。
「……」
「早く皆と合流せねばの。荒木殿は若いがしっかりしておるのだが……心配だの」
十蔵が止血帯をぎゅっと結びながら言うと、源田は唇を噛んだまま小さくうなずく。
「大丈夫だ。俺の部下は頼りになる。死ぬほどな。あいつらなら大丈夫だ」
大丈夫ではないのは分かっていてが、源田は自分に言い聞かせるように言った。
「とにかく、先を急ぐのだ。ほら、それがしの肩につかまって」
「……しばらくはお前に借りを作るが、忘れるな。ここを脱したら、お前に下手にでるつもりはないからな」
源田が強がりの台詞を吐くと十蔵はくすりと笑みをこぼした。
洞内にはまだ奥がある。化け物の死骸を避けるようにして、二人は滲み出る地下水を踏み越えながら進んでいく。行灯の光も心許なく、いつ消えてもおかしくない。
その先はどこに繋がるのか。あるいは全く出口がない袋小路なのか。それでも進まずにはいられない。
狭い通路は先へ行くほど微妙に傾斜しており、下へ向かっているのか上へ向かっているのか感覚が狂う。暗闇の中で数十分は進んだか。源田は傷の痛みを時折思い出したようにうめき、十蔵は黙って足を止めて様子をうかがう。
「大丈夫かの……?」
「うるさい。心配するな。俺はまだ……」
そのとき、わずかに前方から吹き抜ける風を感じた。生温いが、空気が揺れている。二人は顔を見合わせ、行灯を高く掲げる。そして次の瞬間、視界の先に薄闇の広がる空洞が見えた。天井が高く、まるでドーム状になっているようだ。
「これは……」
二人が思わず声を重ねる。そこは人工的に削った跡もあるが、大半は天然の鍾乳洞に近い形状をしている。岩壁には苔ともつかない黒い膜が広がり、落ちてくる水滴が水たまりを作っていた。
「もしかすると、この先に出口があるかもしれんの」
十蔵はそう言って地面を確かめながらゆっくり足を進める。もし人が通れる別の通路があれば、再び炭鉱上層に繋がる可能性もある。
源田もうなずき、刀を杖代わりにしつつ周囲を警戒する。化け物がまだ潜んでいてもおかしくないのだ。
岩肌を照らしながら奥へ行くと、さらに大きな水たまりがあり、その向こうに細い横穴の入口が覗いている。
源田と十蔵は歩調を合わせ、水たまりを浅く回り込む。腰まで浸かるほどの水の深い部分もあり、そこで数度足を滑らせたが、お互い助け合って何とか転倒は免れた。
横穴に入ると、通路はさらに上へ続く小さな斜面になっていた。土や石炭の混じった匂いが強く、どうやら炭鉱の上層につながっているらしい。
「あと少し……!」
岩の通路をずるずると上っていく。と、またしても崩落の余震のような音が遠くで響き、粉塵が宙を舞う。
(こんなところで落ちたら一巻の終わりだの……)
十蔵が心中でそう思い、行灯をできるだけ安定させようとする。源田は唇を血の味がするほど噛んで必死に耐えている。
やがて、どこからかかすかな声が聞こえた。それは人の声のようだが、洞内に反響してはっきりしない。二人は同時に顔を上げ、耳を澄ませる。
「……ぉーい……!」
傷を抱える源田を支えつつ、十蔵は足を速める。通路の先にぼんやりとした光が広がり、瓦礫をどかして作ったような開口部が見えた。
そこには荒木や吉六、さらには竜義隊の何人かが呆然とした様子で立っていた。彼らも散り散りになったらしく、一部崩れた縦坑から懸命に救助作業をしていたところらしい。
「源田隊長! 和辻殿!」
荒木が驚きの声を上げ、思わず駆け寄る。吉六も大きく目を見開いて、懐かしい者を見たように顔をほころばせた。
「……貴様ら、無事だったのか……」
源田は、安堵の声を漏らし、荒木の肩を借りるようにして座り込む。痛めた肩からは血が滲み出しており、その傷の深さを見た竜義隊員たちが慌てて駆け寄る。
「隊長、いま手当てを……!」
源田は完全に力が抜けたのか、さっきまでの自尊心をむき出しにすることもなく、静かに部下に身を預けた。
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