第11話 仲の悪い二人

 鈍い痛みに意識が引き戻されたとき、源田半之丞は自分がごろりと地面に横たわっているのを感じた。半身を起こそうとすると、身体のあちこちがずきずきと痛む。しかし骨が折れているような鋭い痛みではない。死んではいないらしい、と認識できたのは幸いだった。


 あたりは真っ暗だが、すぐそばで小さく揺れる明かりがある。心がけて静かに呼吸を整えると、その明かりの主がゆっくりと近づいてくるのがわかった。


 「……大丈夫かの?」


 落ち着いた声音。源田はその声の持ち主が和辻十蔵だと気づき、思わずにらみ返す。恨みがあるわけではないが、どうも気に食わない。


 「……和辻……、くそ……他の連中は? 俺の隊員たちは……どこだ……?」


 「わからぬ。ここには源田殿とそれがしの二人だけのようだの」


 十蔵が手元の小さな行灯──どうやら元々炭鉱に備えられていた非常用の明かりらしい──をかざして見せる。かろうじて光を保っている状態だ。頼りないが、ないよりは遥かにマシだった。


 「くそっ……」


 源田は頭を振って自力で立ち上がろうとする。膝と肩を強く打ったらしく、痛みが走るが、歩けないほどではない。


周囲に散乱しているのは、崩れた岩石や木片、そして黒い糸の一部。ここが炭鉱のどこに当たるのか、見当がつかない。


 十蔵が行灯を上向きにかざすが、天井は岩盤と糸の塊で遮られ、完全に塞がれている。


 「おい、和辻。皆を探しに行くぞ」


 源田はそう言うと、痛みをこらえて数歩進む。だが、数メートル行っただけで、すぐ行き止まりの壁にぶつかってしまう。岩肌には黒い糸がこびりつき、その隙間からは細い隙間があるようにも見えたが、とても人が通れる穴ではない。

 別方向にも試しに進んでみるが、やはり似たような崩れ方で道を塞がれている。光をかざして探す十蔵の表情がますます険しくなる。


 「……行き止まりだの」


 源田は苛立ちを押し殺しながら、辺りの岩壁を片っ端から調べ始める。とはいえ、あちこちに粘液が絡み、足場も非常に悪い。壁を叩いてみても岩盤が厚く、とてもじゃないが、堀り進むことはできないだろう。


 「くそ……火薬さえあれば、一気に吹き飛ばしてやるのに……。もはやこれまで!」


 源田は刀を抜き、腹を切ろうとした。


「やめんか!」十蔵が源田の腕を押さえた。


 「冷静になるのだ。源田殿。お主は仲間を殺されて憤っているのだろうが、ここで腹を切って何になる?」


 その言葉に、源田はやや表情をゆがめる。自分が死んでもただの無駄死にだと自分でもわかっているのだ。だが、それをこいつ──十蔵に指摘されると不快感が募る。彼は刀の柄を握り締め、睨み返した。


 「……お前に何がわかる。隊員がどれほど苦しんで死んだか、どんな思いで俺を頼っていたか……」


 「わかるとは言えないの。ただ、私も妻子を理不尽に奪われた。己の無力を噛みしめた悔しさなら、少しは理解しているつもりだ」


 十蔵は声を荒げず、しかし凛とした調子で応じる。先ほどまでの飄々とした態度はない。そこには確かな怒りと後悔の感情がにじむ。


 「生きて……生きて、仲間の無念を晴らすことがあなたの責務ではないのか?」


 源田はその言葉に、ぎりりと歯を食いしばった。沈黙が落ちた狭い空間を、十蔵がふっと深いため息で満たした。


 「源田殿、もう少しここを探ってみるかの。見渡したところ、崩れ落ちてきた岩の隙間があるように見える。そこを進めば、もしかすると別の坑道と繋がっているかもしれん」


 「……ああ。好きにしろ。だが俺が指揮をとるぞ。勝手な真似をするな」


 狭い空間を探索すること1時間。天井からちらりと差すわずかな空気の流れを頼りに、二人は隅に積もった瓦礫をどかし始めた。木片や糸の塊を片付け、粘液まみれの岩をどかしていくうちに、狭い横穴が見つかった。高さは腰ほど、体をかがめて通れなくはない。


 「……ここにあったの」


 源田が行灯を突っ込み、内部を照らしてみる。ほんの数メートル先までしか見通せないが、どうやら通路が続いているようだ。


 「行くぞ」


 源田は痛む膝を押さえつつ、体をかがめて穴に入った。十蔵がその背後から光を差し込む。通路というよりは天然の洞穴に近い狭さで、時折岩肌が突き出して、背中や肩をこすりそうになる。


 「源田殿、足元に気をつけるのだ。濡れているようだの」


 十蔵が言うとおり、床はじっとりと湿り、ぬめりを感じる。炭鉱の下層で地下水が溜まっているのかもしれない。生温い水の気配に不快感を覚えながらも、二人は先へ進むしかなかった。


 やがて、わずかに通路が広くなる。そこには浅い水たまりと石の壁、そして何か焦げたような跡が見えた。人為的に作られたものなのか、炭鉱での作業の痕跡なのかは判別できないが、少なくとも自然の空洞では終わらない雰囲気だ。


 「こんな場所、炭鉱の案内図にはないぞ。昔の炭鉱夫が密かに掘った道かもしれんが……」


 源田が低く呟いたとき、突如として“フシュー”という音が静寂を引き裂いた。まさに化け物特有の呼吸音。二人は同時に身を固める。狭い空間だけに、音の方向が定まりにくい。壁に反響し、不気味に響く。


 「……ここにも来やがったか」


 源田が顔をしかめる。十蔵は片膝をついて、行灯の光を絞りながら目を凝らす。暗闇のどこかで“何か”が蠢いている気配があった。しかし地形が複雑で、どの方向から来るのかは読みづらい。


 「くるぞ、源田殿!」


 十蔵が鋭く叫んだ。直後、岩肌の上部から黒い影がさっと舞い降りる。あまりにも速く、二人の間に一閃が走った。


 「わっ……!」

 源田は反射的に刀を振りかざしてそれを受け流そうとするが、激しい衝撃に腕がしびれる。何とか斬撃をそらしたものの、その勢いに負けて転倒しかけた。


化け物は下半身が節足のように見えるが、暗くてはっきりしない。大きな眼だけが赤く光を放ち、毒虫にも似た雰囲気を漂わせる。


 「ちっ……!」


 源田が態勢を立て直そうとするが、その間に化け物が羽のようなものを広げて跳躍した。今度は後方の十蔵を狙うかに見えたが、途中で天井に張り付き、再び不可解な姿勢でカサカサと移動する。


 「頭上か……!」


 十蔵は間髪入れず刀を抜き、天井方向に構える。行灯を地面に置いたため、光量は足元がやっと照らされる程度。しかし、かすかに見えるその輪郭はやはり人間以上の背丈を持ち、四つ足と二本の腕を持つ異形の身体をくねらせていた。


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