episode:13【嗅覚がいいのも困りもの】
私は幼い頃から鼻が利いた。四季折々の香りも分かるし、風に乗ってくる匂いから、雨が降るのも察知できる。正確な時間までは難しいが、これから降るか降らないかは分かる。
人から発する匂いも分かる。柔軟剤や洗剤の匂いとは別に、その人本来が発している匂い。加齢臭などの体臭とも、また違った匂いがする。本能的なものなのかもしれないが、その匂いで仲良くなれるか否かも分かったりする。
同じように家にも匂いがある。だから、あまり他所の家でご飯を食べるのは苦手だったりする。家特有の匂いが炊きたての白米から香ってきて、食欲が失せることもあるからだ。
嗅覚がいいのも困りものだ。気にしなくていいことも気になってしまう。
現在、私は葬儀屋に勤務している。当然、ご遺体とも向き合う。亡くなった方は、生きている人間とは異なる匂いがする。どんな匂いかを言葉にするのは難しいが……。確実に、生と死とでは匂いが異なる。生きている人からは絶対にしない匂いが亡くなった方からはする。
病気で亡くなった場合も、脳系と内臓系でも匂いは異なる。内臓系は見た目にも表れやすく、匂いも独特だからわかりやすいが、脳系はあまり匂いがしないため、他の人は気づかないらしい。
仕事の依頼が入る前に亡くなった方独特の匂いがフワッと漂うことがある。そのあと電話が鳴り、依頼が入るということも少なくない。だが、その匂いに気づくのは、いつも私だけ。他の人は首を傾げるばかりだ。
先日は更なる不思議な体験をした。
夜、田んぼ道を車で走っていたら、急にお線香の匂いが車内に漂い始めた。「どこから?」と右も左も見渡すが、暗闇の中には田んぼしかない。家なんてどこにも見当たらない。街灯も心もとない明かりが点々と続いているだけ。
もしかしたら、田んぼの中にお墓があったのかもしれないが、21時過ぎだ。どう考えたって、そんな時間に真っ暗闇の中にあるお墓に行き、お線香を手向ける人はまずいないだろう。
おまけに、気温が低い日だったため、窓は締め切っている。暖房を付けてはいたが、暖かくなって消していた。そもそもお線香の匂いが入ってくるはずもない。車内に置いてある芳香剤も、大好きなホワイトムスクの香り。お線香の匂いとは、かけ離れすぎている。
── じゃあ、どっからこの匂いは入ってきた!?
まだ漂い続けているお線香の匂い。なんだったら、さっきよりも香りが強くなった気もする。不思議なことに、お線香の匂いはするのに煙の類は何も無い。
仕事もこの日は葬儀がなく、私は事務の仕事に励んでおり、お線香など炊いていない。だから、自分から匂いがしているわけではない。自分からしているとしたら、こんな話を
お線香の匂いを感じながら、車を走らせていると、反対車線の道路から反射している2つの小さな光が。……タヌキの亡骸だった。
その亡骸を通り過ぎたら、お線香の匂いは消えた。
なぜ急にお線香の匂いがしたのか、誰かがタヌキに対して手向けたものだったのか。それとも、私に誰かが亡骸があることを伝えようとしたのか……。
身震いがして、車内の暖房のスイッチをMAXまで回した。
嗅覚がいいのも困りものである。
嗅覚がいいのも困りもの【完】
続・怪奇日常 望月おと @mochizuki-010
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