episode10:【苦手の正体】
子供のころから「何となく苦手」と感じていた場所や、「ここ嫌だなぁ」と思う道がある。どうして、そう思うのか具体的な説明はできない。直感というか、空気感というか。明確な理由があるわけではないのだ。他の人からしたら、何でもない場所やただの道。でも、私にとっては避けたい場所や通りたくない道。
大人になった今でも、「ここ通りたくないな」や「この場所嫌だな」と感じる。子供から大人に成長する過程で、失くしてしまったモノ(感受性に関すること)は多いが、この感覚だけは不思議と残ったまま。
この私の不思議な感覚が何から来ているものなのか、長年の謎がついに解明された。
「先輩、霊感無いってよく言いますけど……。ありますよ、霊感」
「……え? いやいやいやいや! それは無いって! 絶対に無い!!」
「霊感にも種類があるんですよ。視えるタイプだけでなく、感じ取るタイプもあって」
「なに、それ? どういう事?」
「私の場合は、人と同じように幽霊がハッキリ視えるし、会話も聞こえるので、監視カメラで例えるなら、高性能な監視カメラといったところです。先輩は、ハッキリとした映像は映せないけど、熱の感知に特化したタイプみたいな感じです」
「うーん……なんとなく、分かったような気はする」
「先輩が嫌だなと思う場所や道、何かあるんだと思います。実際に私は行ったことないので、分からないですけど」
「そっか。そうだよね。じゃあさ、今度仕事が入ったら一緒に行ってみよう!」
「わかりました」
それから、すぐにチャンスは訪れた。苦手な道を通らねば、目的地の火葬場に着けない。迂回したいのだが、迂回する道はない。すごく憂鬱だ。その道は、小高い山と山の間を通っている。山だから、日陰もあって風通りも良く、涼しい──だけじゃない。涼しいというより、急に寒いと感じる。夏場に通っても、道の途中から一気に冷える。その温度差がものすごく怖い。かんかん照りの太陽が真上にあるのに、その熱は遮断され、まるでジオラマの世界に迷い込んだような、見えている世界と体感している世界が別のような、不思議な感覚になる。
出発前から憂鬱だとこぼす私に後輩が言う。
「それだけ何かを感じ取れて、霊感ないわけないじゃないですか。見えるだけが霊感じゃないんですよ、先輩」
「あ~……奥が深いんですね、霊感って」
後輩といろいろな話をしながらも、どんどん目的地へと車は近づいていく。ついに、苦手な道へと来てしまった。信号機が赤から青に変わるのを待つ。ずっと変わらなくてもいいのに。「信号、長いね」と助手席の後輩に声をかけた。……返事がない。いつもなら、秒で返答があるのに。どうした……? 大丈夫か? 助手席の後輩を見る。
「え!? 大丈夫!? 顔色悪いよ! 真っ白だよ!?」
明らかに血の気が引いているのが分かる。
「だ、大丈夫です。人の数が多すぎて。ワーワー声もうるさいし」
「それって……」
私の目に見えている景色は、信号機の先に真っ直ぐな道が続いていて、その両脇に小高い山がある。左右に設けられているガードレールの隣は田んぼで、全体的に緑だらけの田舎風景。当然、人なんかいるはずもない。家も遠くに数件見えるくらいだ。でも、後輩の目には、信号機の先の道にズラーッと人が並んでおり、田んぼにも人が立っていて、こちらをじっと見ている。山の木に紛れて、何人もの人がぶら下がっていて、うめき声がずっとしているという。
「完璧、霊道ですね。最悪の場所ですよ、ここ」
「……まじか」
「そりゃ、嫌だと思います。鳥肌、止まらないですもん」
無情にも信号は青に変わる。走り出す、車。熱い日差しも今は作り物のライトのよう。ズンと空気が重くなる。頭が重い。耳鳴りがする。
「あー、うるさいなぁ。耳栓持ってくればよかったな」
隣で話しているはずの後輩の声も遠くに聞こえる。スピードを出して早々抜けてしまいたいところなのだが、だんだんと道は上り坂になり、小高い山を越えるために右へ左へとカーブが続く。その道中が本当に嫌なのだ。
「あぁ……本当にひどい」
憂鬱になっている私よりも、後輩のほうが辛そうだ。見えてしまう、聞こえてしまう体質の大変さを目の当たりにした。私たち生きている人間だって、いない者扱いされたら悲しい。見えない存在になった彼らにとって、自分たちを認識できる人は貴重な存在だから、出会えて嬉しいのかもしれない。だからといって、見える後輩に押し寄せてきては後輩も堪ったものではない。
「まだ、かかりますか?」
「この下り坂を過ぎたら、あと5分くらいかな」
「……もう少しか」
「でも、さっきよりかは楽になってきたよね」
「そうですね。……人の数は変わらず、多いままですけど」
小高い山を越えて、目的地の火葬場へ到着した。出発時よりも、心なしか後輩が小さく見える。
「大丈夫!?」
「先輩。帰りは遠回りでもいいですから、別ルートでお願いします」
「そうだね……と言いたいところだけど、あの道しかないんだよね」
「……マジですか」
「はい、ガチです」
「クソ田舎がぁぁぁぁああああー!!!!!!」
後輩の叫びは山に飲み込まれて消えていった。
不思議なこととご縁があるのも、私に少なからず霊感があるからなのかもしれない。……ということは、また怪奇に遭うのか。そんなバナナ……。
苦手の正体【完】
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