episode9:【心霊スポット】

 日本各地に存在している心霊スポット。曰くつきの場所がほとんどだと聞く。どんな場所なのか興味を持って出かける人もいるが、行かないに越したことはない。だいたいの体験談の結末が悲惨なものばかりで、中には失踪したまま見つかっていない人もいる。


 だが、この心霊スポットというのは厄介なもので、意外と私たちの身近にあったりする。有名な場所だけが心霊スポットではない。曰くつきの場所、それこそが【心霊スポット】なのだ。


 とある住宅街にある一軒家。今は空き家となっていて誰も住んでおらず、庭の草木は伸び放題になっている。相続する人もおらず、家の取り壊しが決定したのだが、不思議なことに入った業者は三日と持たずに撤退するという。


 近所の人の話によれば、【呪われている】そうだ。だから、なるべくその家の前を通らないように迂回しているという。もし、通らなければならないときは【絶対に家のほうを見ない】という。


 傍から見れば、どこにでもあるような二階建ての一軒家。事情を知らない人が通ったら、何の気なしに視線を家に向けてしまうだろう。だが、視線を向けたら──


「子供のころ、何も知らないで友達とその家の前を通ったんです。子供って、いろいろなものに興味あるから、歩きながらキョロキョロするじゃないですか。その時、たまたま友達がその家を見てしまって……」


 そう話すのは、曰くつきの一軒家がある町内と同じ学区内に住んでいた、Jさん。今は家族で別の県に住んでいる。当時、友人のNちゃんと駄菓子屋に寄った帰り、近道だということで、この家の前を通ったらしい。


「そうしたら、あの家の玄関が急にバン!て開いて、私たちの足元近くに古びた包丁が飛んできたんです。もう怖くて怖くて。急いで来た道を引き返したのですが、後ろを振り返ったら、一緒にいたはずのNちゃんがあの家を見たまま、固まってて。怖くて動けないのかなって思ってたら、目の前の家に向かって歩き始めたんです。玄関の門を開けて、中に入ろうとし始めて……。これは変だ、おかしいって思って。Nちゃんを止めなきゃって、急いで走って戻って。Nちゃんは、勝手に人の家に入るような子ではないし、怖い話とか苦手だったから自分から進んであの家に入るわけないと思って。『Nちゃん!』て何度も叫びながら、家の中に入ろうとするNちゃんを必死で止めて。それでも何度名前を呼んでも、Nちゃんは返事をしてくれない。ただ、真っ直ぐあの家だけを見つめていて……それが一番怖かった」


 当時のことを思い出したのか、Jさんはしきりに自分の左腕を右手でさすっている。


「無我夢中で家の前から離れようと手を引いても凄い力で振り払われて……。まだ明るい時間帯なのに、周りにたくさんの家があるのに、誰も私たちの異変に気付いてくれなくて。結構大きな声で騒いでいたと思うんです。幼児誘拐などのニュースも当時は流れていたから、外で子供が騒いでいれば、誰かしら家から出てきてもおかしくないはずなのに。誰かが助けに来てくれるわけでもない、Nちゃんは全然話を聞いてくれない、目の前では玄関の扉が開いていて、真っ暗な闇が奥深くまで続いているし。どうしたらいいのか分からなくなって、泣きながらNちゃんに「帰ろう」って声をかけて……」


 その時、どこからかおばあさんが現れて、二人に声をかけたという。


「おばあさん、最初はものすっごく怖かったんです。『こんなところで何してる! ここは絶対に通っちゃいかん! いいかい? 二度とここに来ちゃいけない!! アンタもしっかりしな!』って怒鳴って、Nちゃんのこと叩いて。それでも、私からしたら声をかけてくれたおばあさんはヒーローでした。NちゃんもようやくいつものNちゃんに戻ったみたいで、急に声を上げて泣き始めて」


 おばあさんは、NちゃんとJさんをやさしく抱きしめながら、自分はこの通りの近くに住んでいると教えてくれたそうだ。


「おばあさんから聞いたんですが、あの家、5人家族が住んでいて、そこに強盗が押し入り、家族全員殺されてしまったそうです。犯人は逃走したけど……三日後にその家で発見されたそうです。刃物で滅多刺しにされて。家の取り壊しに業者が来たときも、従業員が二階から転落して骨折したり、重機が故障したり。何かと曰くつきの家らしく……。あの家の扉の向こうは【地獄】だと、おばあさんは話していました。そして、私たちに言ったんです。『今日のことは忘れなさい。アンタらのに私がなるから』と……」


 不穏な空気がこの場に流れる。が意味すること──嫌な予感がして、私もJさんと同じように自分の腕をさすった。だが、鳥肌は全く引かない。


「その一週間後、おばあさんが亡くなったと聞きました。あの家の前で車に撥ねられて。いつもの迂回ルートが工事をしていて、あの家の前を通るしかなかったと……。ただ、私たちのことをおばあさんから聞いていたご家族は、『お前たちの身代わりになって死んだんだ!』と家に怒鳴り込んできました。それで私たち家族は父親の実家近くに引っ越すことに……。Nちゃんも違う県に引っ越したと聞きました。おそらく、同じ理由だったと思います。……心霊スポットって、どこか遠くの場所にあるものだと思っていましたが、現実はそうじゃない。本当に身近にあるんです。──あの家、これからもずっとあの場所にあるのでしょうね……」



心霊スポット【完】 

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