第26話 交差点を抜けたら
重苦しい沈黙とともに電車に揺られながら、おれたち三人は〈オルタンシア〉へと向かっていた。
強硬な姿勢を崩さないまどかを説得するためには、現場にいた辰巳さんか一部始終を聞かされているであろう唯さんに、当時の状況のありのままを話してもらうのがいちばんいいと考えたからだ。
学校帰りの生徒たちが目立つ車内には笑顔と弾んだ声での会話がそこかしこで交わされている。
すぐそばにあったはずのものが、今のおれには手が届かないほど遥か彼方のように感じられてしまう。
まどかの言い分はこうだった。
おれか葵、もしくは二人で誘拐犯を殺害する。そこへやってきた葵の父である辰巳さんが状況を理解し、自らが罪を被って隠蔽するために拳銃を発砲、すでに死んでいた犯人へ全弾を撃ち込んだというのだ。
そしてすべてを目撃していた花南は兄たちを慮り、沈黙することを選んだ。
そんなはずねえだろうが、ともちろん即座に否定した。
「だいたいだ、どうやって当時のおれたちが大人の男を殺すっていうんだよ。何の武器もないってのに」
仮に、もしもの話だ。あのときのおれが例えばナイフでも持っていたとすれば、ためらうことなく深々と突き刺し、あの男に致命傷を与えにいったことだろう。
おれが殺人犯になろうがそんなのは知ったことか。優先順位の問題だ。
だけどおれには力がなかった。花南と葵をどうにか守ろうとするだけで精いっぱいだったのだ。
それさえも中途半端で、結局は傷を負ったせいで意識を失ってしまった。
病院のベッドで目覚めたとき、二人が無事であったことに安堵すると同時に、葵を巻きこんで突っ走ったあげく何もできなかった己の情けなさをどれほど呪ったか。
星見台学園から駅までの道すがら、恥を忍び、すべてを曝け出して語ってやってもまどかは鼻で笑うばかりでまともに耳を傾けようとしなかった。
「よくできたお話ですね。じゃあ、陽平先輩は無実で有坂先輩の単独犯ってことになるのかな?」
ぱちぱちと嘲笑うように拍手したまどかの前で、早足気味に歩いていた葵の肩がわずかに揺れたのがおれにはわかった。
彼女は基本的に内弁慶だ。おれや泉、ついでに常盤くんあたりにならさんざん罵倒することができても、さほど親しくない相手にはそのように振る舞えない。
気が弱いというわけではなく、きちんと折り目正しい態度をとってしまうと言った方が正しい。
だからこのときもまどかへ食ってかかるように反論したりはできないでいたのだ。気づけば葵の口からはそのやり取り以来ただの一言も発されていない。
かなり旧型の電車がブレーキを軋ませながら到着した。
〈オルタンシア〉最寄りの駅はわりと街中に位置しているが、ラッシュの時間帯以外は無人駅である。地方ならどこもそんなもんだ、と解説してくれたのは宮沢先輩だったかうちの父だったか。
さっと降りてきた車掌さんに切符を渡し、駅を出て少し歩けば国道と県道による大きな交差点があった。
ふと思う。
おれはずっと同じ交差点を抜けられずに堂々巡りを繰り返してきただけなのではなかったかと。
たとえそうだとしても決して誰のせいでもなく、自分自身が決断を恐れ踏みこむことを恐れ、まるで傍観者のごとき立場をとってしまっていたがゆえだ。
手のひらにかいていた汗を制服のズボンにこすりつけて拭き取り、無言のまま先導して前を歩く葵の肩を叩こうとした。だけどなぜか躊躇われてできなかった。
車もあまり通らない住宅街へと曲がり、しばらく進んでいけば〈オルタンシア〉の入っているマンションが見えてくる。
六月も半ばだというのに、ここまでただの一度も紫陽花が咲いているのを目にしなかった。
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