イトを乗せたシャトルのA型重力浮遊車（グラビティ）は山間を進むルコットのU型コバンの後を追いながら走行する。

彼女は近道を知っているのか、通常のルートではない通りを複雑に交差していき、幾つもの谷間を抜けていくと‥‥

やがて‥‥一つの集落が現れた。

言われていた予定時間よりも早くウルミ村に到着した。辺りは自然と農作地が広がる片田舎で、そこに何軒かの簡素な建物が建っている。

ホワイトピンクのコバンは小さな整備工場の看板の店に横付けし、シャトルのA型も地上に降り立った。

「どうも‥‥ありがとうね。とても乗り心地が良かったよ」

イトはシャトルに手を引かれゆっくりとA型から降りると、ルコットとともに整備工場に入っていく。

暫くして気さくそうな中年男が出てきた。

「うちの婆さんがえらい世話になったな」

ルコットの父リモーは事情を聞いて嬉しそうにシャトルにお礼を述べる。

「お礼と言っちゃなんだが‥‥その重力浮遊車（グラビティ）、見てやるよ。少し待っててくれよ」

⁑⁑⁑⁑⁑

シャトルが見晴らしのいい場所で待っていると、ルコットがマグカップに入った飲み物を持ってきてくれた。

温かいコーヒーを口にしながら二人はウルミ村の景色を眺める。

今の季節、棚田に綺麗に植えられた青い苗の間から貼られた水が空を写し出す。

シャトルは初めて見る景色に感嘆した。

「綺麗だな」

雲の間から見える空が遠くの方から黒くなっている。時報によれば、もうすぐ雨になるだろう。

シャトルは隣でぼんやりと空を眺めている、この村の風景のように優しくおっとりとした雰囲気のルコットにふと思ってみた事を尋ねてみる。

「‥‥たまに都会に疲れた人間が田舎へとやって来るが、君は若いのに何故この村にずっと居るのだ？」

「‥‥そっちはどうなの？ここには用があるって言ってたけど」

ふいに笑みが消えたルコットは探るような目で聞き返す。

若い娘に聞いてはダメな質問なのか？シャトルは気を取り直すように事情を説明した。

「オールからこの村に来たという母娘を探している。‥‥母親はイトさん位だろうか、さっき聞いてみたが解らないと」

「私も知らない」

そっぽを向いて少し静かになると、彼女はぽつりと言った。

「‥・私はお婆ちゃんの為に、ここにいるの‥‥」

それまで何の不自由も無い、ほんわりとした娘だと思っていたルコットの瞳が遠い場所を見るように影を落とし、山間の更に奥の辺境を指刺す。

「本当の家はあの向こう。だけどもう住めない‥‥今は不法区域となって‥‥‥」

「誰だ！」

話の途中で突然リモーの声がし、驚いた二人はふり向いた。

見ると、リモーの整備工場で誰かがルコットのコバンに乗り込もうとしているではないか。

「泥棒！？」

泥棒はコバンを運転しようとするも、旧式の重力浮遊車（グラビティ）の扱いが解らず即エンストしてしまう。

駆けつけたシャトルはすぐさま捕まえて引きずり出した。

「こんなところにまで泥棒はいるのか、世も末だな」

「うるせぇ、こんなクソ古いもん乗りやがって、ふざけるんじゃねぇよ！」

思わず呆れ顔になるシャトルに泥棒は逆切れしながら暴言を吐くと、ルモーは怒を顕に怒鳴りつけた。

「それはこっちのセリフだ！」

盗難は免れたものの自分のものを盗もうとした犯罪者を目の当たりにし、軽蔑の眼差しを向けるルコット。

「幸せな人たちね‥‥生活が大変で精一杯って人もいるのに、何も不自由しないとこうやって好き放題する」

「こいつ、婆さんを狙っていた。阻止したら慌ててそれに乗り込みやがって‥危ないところだったぜ」

「イトさんを？重力浮遊車（グラビティ）ではなく‥‥」

年寄りで狙いやすいからか？ルモーの言葉を耳にしたシャトルは不思議な顔をすると突然泥棒が暴れ出した。

「くそっ」

やぶれかぶれにルコットを跳ねとばすと、今度は向こうに置いてあったA型に向かっていく。

だが追いかけたシャトルに後ろ首を掴まれ、取っ組み合いの末に再び取り押さえられてしまった。

「本当にしつこい。ルコット、リモーさんに頼んで通報してくれ‥‥はっ！？」

泥棒を拘束しながら振り向くシャトルだったが‥‥彼はその時、A型重力浮遊車（グラビティ）の異変に気付いた。

A型は突如、起動音を立てて浮き上がる。

シャトルが鍵（キー）を持っていて動かない筈のA型はいつの間にか別の泥棒が乗り込み、簡単にハッキングされていたのだ。

「ち、ちょっと待て、ドロボーーー！！」

慌てて制止するも振り切りられたまま疾走するA型重力浮遊車（グラビティ）。

その姿は‥‥遥か山間へと消えていく。

「くそう‥‥あいつを追いかけないと」

奪われたA型を目だけで追いながら動揺するシャトルに、足元から声がした。

「それで私は‥四つ葉のクローバーでも探していればいい？」

泥棒に倒されたルコットが草むらに尻餅をついたまま見上げている。

それで一旦落ち着いたシャトルは手を貸しながら彼女に訴えた。

「頼む、君の重力浮遊車（グラビティ）であれを追っかけてくれないか！」

ルコットは服に付いた草を払いながら立ち上がると‥‥彼らが逃げて行った方向を見ながら頷いた。

「行こう。さっきのあの言葉の意味も知りたいから‥‥」

A型が消えた空‥‥山間の更に向こうにあるのは、不法区域だった。