追憶の世界

嬌乃湾子

王妃からの依頼


オール城の兵士として働くシャトルはセイル士官の命令で突然呼び出され、厳粛な回廊からある場所へと向かっていた。


ネイビーブルーの短髪から覗く目は平静を粧うも内心穏やかでは無く、城のいち兵士を誘導するリシャの冷たい表情からは明らかにパシリとして呼ばれた事は明白である。


「こちらへ」


扉を開くと、辿り着いた場所はこの国の王妃であるルゴーラの部屋だった。ルゴーラ王妃はベッドには寝たままの姿で、その横には年端もいかない次期後継者ウリス王子、反対側にはセイル士官が立っている。


ストレートの長い白髪の間から覗く、高齢に関わらず壮年のようなセイル士官は射るような目つきで言った。


「シャトルよ。これよりルゴーラ王妃直々の極秘命令を言い渡す」


「はっ、それで御命令とは」


シャトルは一気に緊張が走ると、その声で寝たままの王妃の口が開いた。


「よく来たぞ、シャトル‥‥」


シャトルは途切れ途切れの王妃の声に耳を傾ける。


「呼んだのは外でもない‥‥この子が生まれる前に‥‥ここにいたオウシャを探して欲しいのだ」


「オウシャ様を、ですか」


オウシャとは以前この城にいた王女のことで先代の第一王妃ギンシャの娘。

ルゴーラの母オーレが訳あって第二王妃から正式な王妃となり、彼女はその後を継いで現王妃なのだ。

つまりオウシャとギンシャ、ルゴーラとオーレが母娘の関係である‥‥。


「オウシャとは若い頃、腹違いの王女同士という立場でありながら何度も城を抜け出し、まるで姉妹のようだった‥‥それが突然、オウシャは母のギンシャと共にこの王室を去ってしまった」


潤んだ目で懐かしむルゴーラ王妃。


「‥‥私はもう一度、彼女に会いたいのです‥‥」


「‥‥ですが」


シャトルは言い渡された人探しに戸惑い、思わず進言する。


「二人は以来何の手がかりも無く消息を絶ったとお聞きします」


すると、子息であるウリス王子がシャトルの方へと歩み寄ってきた。


「シャトルよ。ギンシャ様はワシラの出身だと聞いた」


「ワシラ‥‥あの場所も既に」


「解っている」


ウリス王子は言葉を濁すシャトルの目前に来ると優しく手を掴み、握りしめた。


「だが、その近くにあるウルミ村に手がかりがあるしい。頼む‥‥どうか母の最後の願い、聞いてくれ」


「ウルミ村‥‥」


真摯に見つめる王子と狼狽するシャトル。その間をセイルが阻むようにぴしゃりと言い放つ。


「よいか、それ以上の余計な詮索はするでない」


「はっ、申し訳ありません」


直ぐに王子から離れ直立すると、セイルは更に静かだが高圧的に念を押す。


「尚、この事は極秘故にくれぐれも城内で漏らさぬように。外での行動は逐一リシャに報告しろ」


「承知しました」


「解ったらさっさと行くがいい。早急に見つけるのだ」







⁑⁑⁑⁑⁑

ここはどこかの星にあるオールという国。


賑やかな城下街と空の間には「重力浮遊車グラビティ」というものがいくつも行き来している。


この国はチキュウっていう星に似ているのだと聞いた。この宙を浮く乗り物以外は‥‥シャトルは凛々しくも清々しい空を目にし、そんな事を考え、オール城から重力浮遊車グラビティが飛び立つ。


重力浮遊車グラビティとはこの星に合うように改良した乗り物で、重力で浮遊しながら走行する。

グレードが高ければ高い程性能も良いのだが、シャトルに支給されたAの字を縦型にしたような浮遊車グラビティは隠密であるが故に倉庫の奥に眠っていたのを引っ張り出したもの。見た目はお世辞にもダサい。


それでもオール城下街からウルミ村の途中にあるソネンという町まで来ると、彼は専用の町営駐車場に重力浮遊車グラビティを停めた。


ソネンはこの辺りの者が集まる場所で人も多く、華やかな看板の店が立ち並ぶ。中には胡散臭い連中もいると聞くが‥‥。


シャトルは「フードショップ シャイニー」という看板の食料品店に立ち寄ると、そこでウルミ村について尋ねる。


「ウルミ村?あそこは道も険しくて素人じゃ簡単に行けないところだよ。途中で事故っても誰も助けに来ないぞ、ハハハッ」


「シャイニーとか言って全然眩しくないし」


軽くあしらわれたような対応に悪態を突きながら店から出ると、ポンコツのA型重力浮遊車グラビティを不安な目で見つめる。


「まいったな。行くだけで大変なのか‥‥」


A型に寄りかかり、さっき買ったパンをかじりながら町を眺めていると、


「すいません、すいません、誰かお願いします」


一人の小さな老婆が迷子のように町を歩いているのを目にする。

老婆が行く人行く人に声をかけるも誰一人見向きもしない。しょうがなくシャトルは声をかけた。


「どうなされた」


「道に迷っての‥‥ウルミ村に行きたいんだが‥‥」


「ウルミ村?」


思わぬ現地人に出会い、何か手がかりを得られるのではと期待する。


「俺も丁度俺も行くとこだ。‥‥こんなので良かったら乗せてあげるが」


「それはありがたいのう。助かります」


老婆がゆっくりと手を合わせて喜ぶと、向こうから声がした。


「あっ、イトお婆ちゃん、こんなとこに居たの」


若い娘が探し回っていたようにやって来て老婆に声をかける。


鎖骨位の長さのミルクティーブラウンの髪で栗色の瞳の、見た目はおっとりした娘だった。

‥その娘に老婆は言った。


「今日はこの人に送ってもらおうと思ってな」


「まあ」


のほほんとした老婆の言葉に呆れ顔をした娘。そんな彼女にもシャトルは尋ねてみる。


「どうです?貴女もご一緒しますか」


「それは必要ないわ。自分のがあるから」


明るく断った娘が促した先‥‥両側の前方に伸びた部分が見た目ダウンジャケットの袖のような、小さなU字型の重力浮遊車グラビティにシャトルは目を止めた。


「これは君のか‥俺のも古臭いがはもっと旧式だな」


その重力浮遊車グラビティはかなり古いタイプの型だが、それをホワイトピンクに塗り直している。


「悪く無いでしょ。母と同じものが好きで乗ってるの。コバンは小さいけど険しい道も平気なのよ」


得意げに自分の重力浮遊車グラビティをコバンと名付ける娘。しかし、シャトルは何かに気がつくとその方向を指差した。


「でも‥‥婆ちゃんあっちに向かってくぜ」


「ルコット。今日はこれで送ってもらうよ」


ニコニコとシャトルの重力浮遊車グラビティに乗り込むイトばあちゃん。ルコットという娘は苦笑する。


「しょうがないわ‥‥じゃあお願いしていい?私が村まで案内するわ」


「頼んだよ‥‥俺の名はシャトル」


明るく自己紹介したシャトルに、女はにこっと笑みを返した。


「宜しくシャトル。私はラミー・ルコットよ」


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