「驚いた。まるでこの道に慣れてるような操縦だ」

不法区域に潜入したコバンは管理されていない、倒木の間を器用にすり抜けていく。その操縦ぶりに助手席のシャトルが関心していると、ルコットはすました顔で微笑んだ。

「だから言ったでしょ。コバンは小さくてもいい子だって」

やがて町だったところが見えて灰と土色にまみれた場所にコバンを停めた。

建物は損壊し、目の前には神社だったであろう鳥居の石柱が壊れたまま転がっている。

「ここは昔、ワシラだったところ。でも、もう何も無い‥あるのは悪い人たちのやりたい放題だけ」

沈むような表情で探索するルコットにシャトルは元気付けるように声をかける。

「だがイトさんが言っていたよ。ここにはカミサマがいるんだと。良い事をすれば必ず見ていて報われるそうだ」

そう言われても‥‥この現状を目にしたルコットにしてみれば、そんな話は信じ難かった。

「そんなもの見えやしない。大体カミサマなんて一体どこに居るっていうの‥‥‥あっ」

何かを見つけたルコットが声を上げると、廃墟の街並みに幾つかの灯が見えた。

「‥あいつら、やっと見つけたぞ！」

「‥・あの方向は‥‥」

憤るように独り言を呟いたルコットが思わず飛び出そうとするもシャトルはそれを止めた。

「俺が行ってくる。いいか、君はコバンに戻ってるんだ」

安心させるように笑ってからシャトルは一人走りだした。

⁑⁑⁑⁑⁑

進む道はどこまでも山積みの瓦礫で溢れていた。

どかせるものはどんどんどかしていき、更に進むと壊れた整備工場にA型の重力浮遊車（グラビティ）が停めてある。

外観も中も鉄錆となった、そこの事務所から人影が見えた。

「動くな！」

シャトルはそこに乗り込み足元を蹴り上げながら物色していた窃盗団に銃を向ける。

「お前達‥‥何故人の重力浮遊車（グラビティ）でわざわざこの家に来たんだ」

問い詰められた彼らはシャトルが何者なのか気付くと、破顔しながら言った。

「はっ、あの婆さんが昔王妃だったって聞いたからだよ。家に向かえば良い物があると思ったが‥全くの大ハズレだったぜ」

「聞いたって誰から」

「誰だろうねぇ」

シャトルの問いに一人がはニヤニヤと笑う。

「それに‥‥さっきのあの小娘、前にもここらで見たぜ。まさか同業者だとはな」

その言葉でシャトルの顔が凍りつく。男達はその隙をついて飛びついた。

「はっ！！」

「おげ！！」

彼らは一斉にシャトルを拘束しようとするも、訓練された兵士には勝てず‥‥速攻で反撃された。

窃盗団はリシャに頼んで呼んでもらった公安警察に連行され、A型の重力浮遊車（グラビティ）を取り戻したシャトルはコバンに戻る。

だが‥‥そこにルコットの姿は無かった。

次第にぽつぽつと雨が降り出す。

心が沈むような雨音の中、一人考えながら暫く待っていると‥‥何処かからルコットが戻って来た。

「君は‥何度もここに来ているようだな」

ルコットを見るシャトルの表情は疑心に変わっていた。

「君は泥棒か？それとも元王女の娘か」

「どっちもよ」

二人は同時に銃を向けあう。

それまで穏やかだったルコットの顔は雨にうたれ、ミステリアスに輝いていた。

「母さんを探してどうするつもり」

「やっぱり君は‥‥何故隠していたんだ？」

「そっちだって黙ってたじゃない。まさか国の回し者だったなんて！」

怒りをぶつけるルコットにシャトルは向けていた銃を横に逸らし、本題に入った。

「それなら話は早い、ルゴーラ王妃がオウシャ様を探している。どうか会いに行ってほしいんだ」

「母はいないわ」

「何だって？」

「とっくに亡くなってる。それに‥‥王妃が会いたいなんて嘘よ」

驚くシャトルと明らかに線引きしているルコット。

そんな彼女にシャトルは尋ねた。

「何故そう言うんだ？何か知っているなら教えてくれ」

「‥‥母がオウシャでお婆ちゃんがギンシャだった頃の話よ」

ルコットは銃を下ろすと、悲しげに真実を説いた。

「おばあちゃんがこの村でオーレ王に見初められたのが始まりだった。ギンシャは王妃になると、やがてオウシャが生まれ王女として成長していく。

城の中は様々な陰謀や派閥があり、ルゴーラの母であるオーレが後妻となって現れると下賤の出だとずっと虐められた。

だけどオウシャと腹違いの姉妹であるルゴーラとは娘同士仲が良かった。彼女が落ち込んでいる時などはオウシャが誘い、愛用していたU型重力浮遊車（グラビティ）でこっそり街に出て‥‥互いに城での辛さを乗り越えようとした。

だけど‥‥そんな在りし日は諸刃のように儚かった。

セイル士官がそんな彼女達を見逃す筈もなく、あらゆる手段でオーレをに実権を握らせる。

‥‥そんなに好きなら、それだけ持って出て行くがいいわ。

オーレは母が持っていた重力浮遊車（グラビティ）だけを持たせて二人を城から追い出した。

ギンシャの故郷、ワシラ国に戻った二人。

ひっそりとした地でエーコと名乗ったオウシャは地元の整備工場の若者と一緒になり、子供も出来て幸せに暮らした。

その数年後‥‥突然の天変地異で国がなくなった。母（エーコ）も━━

未曾有の出来事に皆が身が詰まるような悲しみに覆われた。

‥‥その後オール国はウルミ村に古（ワシラ）の情景を再現させるも、娘を先立たれたギンシャ‥‥イトおばあちゃんは自責の念でずっと悲しみに沈んだ。

それは幼い私も一緒だった。けど‥‥そんなおばあちゃんを見て元気にしようと必死に励まして‥‥ようやく私たちは、元に近い生活が戻ったのよ」

「そうか‥‥大変な思いをしたんだな」

「だから‥‥もし母が生きてたとしても、そんな人と今更会わせたくない」

母とイトが王室に居た事は幼い頃に父のリモーからそれとなく聞かされていた。

この地でやり直そうとしたところへ災害に見舞われ‥‥娘を先立たれたイトの悲しみは計り知れないだろう。

シャトルはそんなルコットを受け止めるように優しく見つめる。

「君にしたら俺は人ごとに見えるかもしれない。だが俺達は決して君を欺くつもりは無いのだ」

彼はこれはルゴーレ王妃から聞いた話だと、ルコットにした。

━━喜んでルゴーレ。これでもう邪魔な奴らは出て行ったよ━━

母オーレは嬉しそうに自分の顔を見ていた。自分が正式な王妃となったのだと告げる。

それから私は時期後継者としての教育に励み、欲しいものは何でも手に入れた。権力、美しいドレスに宝石、イケメンの婿‥‥王妃の座。

「しかし王妃は君の母が居なくなった寂しさに気付いた。後悔した彼女は‥‥ずっとオウシャ様に会って詫びたかったのだと」

そう言ってシャトルはウリス王子から密かに預かっていた写真を取り出した。

それには自分と同じ年代の二人の娘‥‥オウシャとルゴーレが、コバンに似たU型重力浮遊車（グラビティ）と写っている。

「‥‥気付くのが遅いわ」

それを見たルコットは彼女の気持ちを知って声を詰まらせた。

「そんなの、生きている時にやってよ」