第3話

前触れもなく、父が倒れた。

悪い予感まではしなかったが、一時は意識がなくなり、どうなるかと思った。

「それじゃ、行ってくるよ」

と言って、買い物に行った先で倒れ、お店の人が救急搬送してくれたという。

しかし、父が倒れたのを知ったのが、改装した私の病院の精神科相談室。救急病院を兼ねたうちの病院に運び込まれたという訳だ。


始めは、怖かった。

幻覚を見、幻聴を耳にし、ただひたすら怖く、震えていた。

今となっては、どうしていたのかもう、覚えていない。


暗転したのは、父からの手紙が届いたこと。

「お父さんは、大丈夫だと信じています」

その頃から、生活は少しずつ変わり始めていた。

レトルトのパスタを五食食べていたのが、飯島奈美さんのレシピ「LIFE」を参考に、一食で二食分を作り、前もって食事を整えるようになった。

一つができれば後は速かった。

洗濯をして、干す。台所の汚れに目を向ける。トイレの汚れは真っ白になった。


このタイミングで、苦手だったご近所さんとの会話を少しだけするようになった。もっとも、父の体調が、皆さんは興味津々だったのではないのかなあと思ったのだけど。


滅多にしない外出をした。

暗い室内から出て、眩しい光を見た。

光は、ただ、眩しかった。

目を開けていられないくらいに。

いつから光はこんなに眩しくなったのだろう?

いつから光はこんなに強く、突き刺さるようになったのだろう?

夏の熱光は、聞いても答えてくれない。


数日後、父の転院した病院に皆で行った。

「お父さーん」

父の手を握りしめて泣いた。

人目もはばらかず、みっともなく。

人目など、どうでも良かった。


あなたは、私の、お父さんだ。

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水沢朱実 @akemi_mizusawa

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