Hunting The Low(2)

 「なるほど、このポップンはシンセサイザーを使用した曲が好きだと。だからアイアン・メイデンの『Somewhere In Time』を聴かせてメタラーへ引きずり込もうと企てた訳だ」アリちゃんは僕の机の上にドカッっと座るなり言う。


 「おい、名古屋ちゃんのせいで俺の名前ポップンになっちまったじゃねえか!!」隣の席に座る沢口は、横に立つ名古屋ちゃんを軽く睨む。


 「自業自得だね。メタラーに喧嘩を売った罰だよ、ね。日立くん」


 「まあ、ジャンル分けという意味でもわかりやすいし……」


 「あだ名ってジャンル分けのために付けるもんなの!?じゃあ名古屋ってなんのジャンルだよ!!」沢口は突っ込む。


 するとアリちゃんは真面目そうなトーンで言う。


 「ああ、名古屋系というジャンルがあるな。80年代の名古屋のヘヴィメタルシーンから発展した、いわゆるビジュアル系的なやつだ。なんだ、名古屋ちゃんはそれが由来じゃないのか?」


 「全然違います」名古屋ちゃんは首を横に振った。


 「そういうことじゃない……」脱線に脱線を繰り返しているから、いよいよ沢口は呆れ始めていた。これだからオタクは……。


 名古屋ちゃんはわざとらしく咳払いをすると、喋り始めた。


 「あ、まあ要するにポップンはメタルにシンセサイザーが使われてないって言うから、そんなことないと反論したわけなんですよ」


 アリちゃんは大きく頷いた。


 「そうか。それで『Somewhere In Time』を……。しかし、ラオウ。それはちょっと非メタラーに勧めるには少し敷居が高いと思うぞ」


 「そうですかね」


 「そうだとも。確かにシンセサイザーはふんだんに使われているが、流石に展開がドラマチックすぎるし、ハードだ。ここは、もっと分かりやすく、キャッチーなやつをだな」そう言うとアリちゃんはスマホを弄る。そして、その画面を僕らに見せてきた。


 「オジーオズボーンの『Blizzard Of Ozz』……」僕が呟くと、沢口はああ、と口を開く。


 「『Crazy Train』の入ってるアルバムだろ。あれは確かにメタルの中でもポップだな。アニメの挿入歌になったりしてるし」


 アリちゃんはアルバム内のトラックリストをスライドさせる。


 「ああ、勿論『Crazy Train』もポップスとして聴いたって名曲だ。だが、シンセサイザー好きにお勧めと言えば、それに続く『Goodbye to Romance』や『Mr.Crowley』だな。現在はディープ・パープルに在籍しているドン・エイリーの快プレイが光るトラックだな」


 「なるほどね。そんなふうに言われると、確かにメタルにシンセサイザーが無いというのは完全な思い違いだったようだな。すまない」沢口は僕らに頭を下げた。


 「別に気にすることはない。それに、無理してメタルを聴こうとしなくたって良いじゃないか。好きなジャンルの好きな曲を好きなだけ聴く。それが音楽を聞く上で一番大切なことだ。スピッツとかOfficial髭男dismとか、メタルからインスピレーションを受けて、独自のポップスを広げているバンドだっているくらいなんだ。それに、髭男のギターソロなんかに感動して、ギターのカッコいい曲を求めた挙げ句、メタルに行き着いてくれたりしたら、それはメタラーとしても本望だしな」


 アリちゃんが得意気に言うと、沢口は立ち上がって、名古屋ちゃんと一緒に頭を下げた。


 「申し訳ありませんでした」


 「なんだか凄く固苦しいが……、わかってくれたなら結構だ」そう言うとアリちゃんは僕の机の上で腰を回して、僕の方に太ももを持ってくる。そして、完全に僕を見下ろすような形になる。この人、本当に距離感おかしいだろ。


 「まあ、それは良いとして、今日、ラオウのもとへ来たのは他でもない。来月、ジューダス・プリーストが日本ツアーをすることは知ってるよな?」


 「知らない訳無いですよ」


 「まあ、プリーストの来日を押さえてないメタラーはそんなにいないだろうが……。ラオウは行くのか?」


 「行きたいのは山々だけども、他のバンドの来日とかも控えてるから、金銭面的にどうしようか悩んでいたところ」


 「そうか。よかった」そう言うとアリちゃんは笑顔を向けてきた。


 「良かったと言うと?」


 「実は、最近叔父がプリーストのファンだということを知ってだな、私が一緒に行こうと誘ったらチケットを2枚取っておいてくれたんだ。しかし、叔父に用事が出来てしまって、一枚余りが出てしまったんだ。すると、母が『ならあの男の子でも誘えば?』って言うんだが……、どうだ」


 「あ、アリちゃんが良ければいいけど……」


 「そうか。良かった。会場は横浜だから、細かいところは後で詰めよう」そう言うとアリちゃんは笑った。やっぱりこの人の笑顔は可愛い。僕は少しドキッとして、目線を落とす。するとそこには太ももがあった。どこに顔持ってきゃいいんだよ!!


 「た、タンマ!!」すると突然名古屋ちゃんが間に割り込んでくる。助かった。


 「どうしたんだ、名古屋ちゃん」アリちゃんは不思議な顔で訊ねる。


 「どうしたんだ、って。待って、私は?私を誘わないの?」


 「いや、チケットが2枚しかないから……」


 「いや、追加で買うくらいするよ!!ねえ

お願い、メタル同盟でしょ?会場まででも一緒に行こうよ」


 「ふ、ふむ。まあ良いだろう」アリちゃんはなんだか釈然としないような、そんな顔で頷いた。


 「と、言うことだ。ラオウ、良いか?」


 「いや、良いけども」僕はゆっくり沢口の方を見る。


 「なんだよ」


 「女子2人に挟まれて街に行くって言うのは、ちょっと僕にとっては荷が重いんだけども……」


 沢口は、わざとらしくため息をつくと、ゆっくり頷いた。


 「わかったよ。その代わり、今度のグリーン・デイの来日公演、一緒についてこいよ」


 「ありがとう」


 すると、なぜだかアリちゃんはどこか明後日の方を観ながら、呟いた。


 「うむ、これで良いんだ」


 「なんのこと?」

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