メタラーは街に溶け込む

 水曜日。蒲田の某ハンバーガーチェーンにて。


 僕は控室で帰宅の準備をしていた。


 すると同じ学校で歳がひとつ上の阪上龍二さかがみ りゅうじが突然話しかけてきた。


 「日立おつかれ」


 「あ、おつかれ様です」


 すると阪上はかしこまるな、という意味合いで手を横に振った。


 「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、日立ってなんか楽器やってるのか」


 「いや、別に…。軽くドラムを弄ってるくらいだけども」


 「おお、マジか。軽くでもいじっているなら良いよ。頼む」すると日立は頭を下げてきた。


 「まさか、阪上さん……」


 「ああ、バンドに入ってくれ!!」


 ええ……。僕は少し混乱する。


 阪上さんがバンドを組もうとしているのは知っていた。しかし、まさか社交的な阪上さんが、社交的とはお世辞にも言えない僕を誘うなんて、夢にも思ってなかったからだ。


 「しかし、なんで僕を?」


 「なあ日立、バンドで一番大切なものってなんだと思う?」


 阪上さんは真面目なトーンで聞いてくる。


 「……音楽性?」


 「違う。人間関係だ。勿論、音楽性もある程度は必要だが……。日立はそういう意味ではめちゃくちゃバンドに欲しい人材なんだよ」


 「僕が?」


 すると阪上さんは頷いた。


 「日立は自分をかなり過小評価しすぎだ。物凄く気が利くし、話していて楽しいからな」


 「え……」そんなことを思われているとは微塵も思っていなかったので、少し気恥ずかしい気持ちになる。だが、だからこそ。自分の音楽の凝り性を打ち明けなければならない。


 「阪上さん。そういう評価をされるのは嬉しいんですけど、僕は結構音楽の好き嫌いについてはうるさいですよ」


 「まあ、そうだろうな。メタラーだものな。だけどこの前、マイファスとか聴いてなかったか?」


 この前、阪上さんに何聞いているのかと問われ、DAPを起動した際にでてきたのがマイファス(MY FIRST STORY)だったのだ。マイファスは、ミニアルバム『ALL SECRET TRACKS』のオープニング曲『The Anthem』からの『終焉レクイエム』の流れに代表されるように、クラシカルな導入やドスの効いたリフを奏でるため、メタラーでも充分に楽しめるのだ。


 「まあ、メタラーと言っても他のジャンルが嫌いなわけでないですし、良いものは良いってだけですよ」


 「だから日立は良いんだよ。メタラーってそういう考えの人が少ないのが欠点だからな。メタリカやメガデスは素晴らしい。けどニルヴァーナやパール・ジャムのようなオルタナは認められない、みたいなクソみたいな考えの奴が多い」


 「それは、否定できないな……」実際、そういう考えの人が多いのだ。聞きもせず、他のジャンルを下に見る傾向がある。


 「だからこそさ。いろんなジャンルを包容できる人材っていうのも大切なんだよ。てことで、頼むよ。ドラマーのこと、一考しといてくれ」


 「わかりました」僕は考えがまとまらないまま頷いた。



 阪上さんと店を出ると、街灯の下の灯りの中、なにか見覚えのある人が立っていた。ジーンズにニルヴァーナのIN UTEROの黒地のTシャツを着た、スタイルのいい女子だった。物凄くカッコいいが、間違いない。アリちゃんだ。


 「なんでアリちゃんが?」


 僕が訊ねると、アリちゃんは笑う。


 「この前、ラオウ自身でどこでバイトしてるか言っていたじゃないか。そしたら自分が働いているところと近くてな。驚かしてやろうと……」アリちゃんはそう言いながら、僕の隣の阪上さんを見る。


 「お、お前は……」そう言うとアリちゃんは突然回れ右をして走り出した。


 「ええ、おいアリちゃん」僕は阪上さんのことを忘れて思わずアリちゃんの後ろを追いかけていった。


 そしてしばらくして、アリちゃんは商店街のベンチに座った。


 「アリちゃん、一体どうしたっていうんだよ」


 「パリピ」


 アリちゃんはゼーゼー言いながらそう呟いた。


 「パリピ?いや、確かに阪上さんは社交的な人ですけど」


 「あいつ、私と同じクラスだ」


 「……あー。確かにそうでしたね」完全に忘れていた。


 「そんなクラスの一軍に、こんなにラフな格好を見られた。絶対明日広められる。死にたい」


 「いや、別に阪上さん、そういう人間ではないと思いますけど」


 「いいや!!あいつはいつも、なぜだか私だけを睨んでくるんだ。目の敵にしているんだ」


 アリちゃんはそう喚く。面倒くさいな……。


 「と、取り敢えずなにか食べて帰りましょう。この辺に確かサイゼリヤがあるはずです」


 「わ、わかった。かたじけない」いじけたように言う。若干可愛いかもと思ったが、アリちゃんなんだ。あんまり気にするな。


 僕はスマホを取り出す。阪上さんに一報を入れなければ。


 『すみません。これから松坂先輩と一緒に帰りますので、阪上さんも気にせずに帰ってください。お騒がせしました』


 するとすぐさまラインが来た。


 『何で松坂さん、逃亡したんだ』


 『クラスメイトに私服見られたのが恥ずかしかったらしいですよ』


 『そんな理由でか……』


 するとしばらくして、突然恐ろしい内容のメッセージが届いた。


 『俺は今日、初めて日立を嫌に思った』


 僕は慌てて返信する。


 『それはどういう……』


 『まあ、でも松坂さんの私服見れただけでも死んでもいい気持ちになったよ』


 僕は思わずラインのアプリを閉じた。


 「ハハハハハ」僕は自然と笑ってしまった。


 「なんだよ、ラオウ」


 「いやいや。凄いすれ違いがあるもんだなと」


 僕はにこやかに答える。しかし阪上さん。よりによって好きになった人がアリちゃんとは……。面白いなあ。

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