第十二話 贈りものと捧げもの

(1)

 会社勤めならどこでも同じようなものだと思うが、年末は本当に忙しい。忙しくて走り回るのが先生だけならありがたいんだけど、学のない俺たちまで走らされるのは勘弁だよなあ。俺もいいトシなんだからそろそろいたわってほしいもんだと誰も聞いてくれない愚痴をデスクの上に垂れ流していたら、隣席の若い坂田くんが同じようにぶつくさこぼしながら現場から戻って来た。


「お疲れさん。猛暑の皺寄せが今になって一気に来たよなあ」

「台風直撃もあったし。検査がどんどん遅れるのは敵わないっすね」

「全くだよ。それでなくとも俺は鈍臭いのに」

「またまたあ」


 坂田くんとぼやきの押し付け合いをしているが、ぼやけるのは忙しさの底が見えてきたからだ。掛け値無しに忙しい時は無駄口叩く暇もない。いやそれ以前に、現場に出ずっぱりで席を温める時間がそもそもない。

 工程表や報告書が地層をなしていた机の上が少しずつ片付いて、やっとこさ視界が確保できるようになってきたのは予想外に仕事が片付いたから。例年よりむしろ進捗している。にも関わらずぶつくさこぼし続けているのには訳がある。俺は今、気を緩めたくないんだ。

 怠け者の俺は、やれやれ片付いたとレイドバックした途端にやる気が家出する。仕事以外に片付けなければならない些事が山のようにあって、そいつにかまけると仕事が手抜きになってしまいそうだ。それじゃあ本末転倒じゃないか。業務をまじめにこなして稼ぎをきちんと確保しておかないと、おまんまが食えなくなる。それにしても……。


「うーん、年内もう一回くらい行っときたいんだがなあ」

「え? どこへですか?」

「いや、扱いを決めかねてる土地さ」

「ああ、原野でしたっけ」

「そう。一応土地鑑定士さんに診てもらったんだが、やっぱり二束三文にしかならん。管理費と税金ばかり持っていかれるのはなあ」

「国庫返納は?」

「無理だろ。これもんだから」


 両手を揃えて胸の前にだらっと下げたら、縮み上がった坂田くんがすかさず文句を言った。


「佐々木さーん、もうすぐ楽しいクリスマスなんですから、その手のネタは勘弁ですー」

「ははは」

「はははじゃないっすよ」


 いかつい風貌の坂田くんだが、意外にそっち系が苦手らしい。人は見かけによらないってやつだな。続きを話されちゃかなわないと思ったのか、坂田くんがすかさず話を変えた。


「そういや佐々木さんはクリスマス、どうされるんですか?」

「うーん、子供らが小さい頃は他の家と同じように、ごちそう食べてプレゼントあげてーだったが、子供らは結婚して孫が生まれたばかりだ。夫婦でのクリスマス優先になるから、きっと俺にはお呼びがかからんだろ。一人でもさもさチキンでも食うさ」

「そっかあ……」


 怪談よりはずっとましだが、湿っぽくなってしまったのを気にしたんだろう。坂田くんがさっと腰を上げた。


「すんません。報告書上げてきます」

「おう」


◇ ◇ ◇


「お先です」

「お疲れ様ー」


 一声かけて席を立ったら、残業組がディスプレイから目を離さないまま手だけをひらひら振った。子供をピックアップしなければならない雅美さんは一足早く退社している。うちの社は子育て支援制度が充実しているから、勤務時間調整の自由度が高い。病児保育の補助もしてくれるので、前職よりはるかに働きやすいはずだ。実際、楽しそうにきびきび仕事している。こと彼女に関しては間違いなく上げ潮だ。その点、俺は逆だよなあ……。

 社を出て自宅に戻る道すがら、坂田くんに聞かれたことを思い出して思わず苦笑した。


「クリスマス、か。すっかり忘れてたよ」


 退職して時間を持て余すようになれば少しは別の感情がはみ出るのかもしれないが、今は正直クリスマスで浮かれる暇も、クリスマスから除け者にされてしょぼくれる暇もない。

 なにせ業務が年末ぎりぎりまで詰まっている上に、忘年会やごくろうさん会が合間に挟まっている。貴重な週末休日にはお袋と豊島さんが入所している園に通わないとならない。行脚あんぎゃだけでもへとへとになるんだが、陽花の様子を見ぃの、子供らの動向を探りぃの、綾瀬さんのサポをしぃの、豊島さんの見舞いをしぃのと関係者のケアに神経をすり減らさなければならない。グリーフケアをしてほしいのはむしろ俺の方なんだけどなあ。

 当然のこと、それだけばたつくと野原の件は後回しになる。今まで徹底的に変わらなかったんだから、アクセスの間隔がどんなに空いたところで微塵も変わらないだろう。ただし、変わらないのは野原の中だけという前置詞が付く。


「問題はそこなんだよなあ」


 野原の周囲の手入れは今後滝村さんに依頼できる。俺自身も出張るつもりだからなんとかなりそうだ。整備に目処がついたのは大変喜ばしいことなんだが、豊島さんが施設に入所したから抑止力がなくなった。「人様の土地に勝手に入るんじゃない!」と誰彼構わず怒鳴りつける恐いばあさんがいなくなれば、きっと野原への無断侵入が再発するだろう。下手をすると、綾瀬さんが失踪したみたいな猟奇事件がまた起こりかねない。そうしたら、今度は俺にとばっちりが跳ねるんだ。冗談じゃないよ。


 かといって野原の囲いを強化すると、かえって第三者の好奇心を惹起してしまうし費用的にも現実的ではない。野原を不変にさせている原因を探り当てて対策を考えるのが一番なんだが、野原の履歴を探る作業が中座したままちっとも進んでいないんだ。

 豊島さんが野原周辺に長く住んでいる人から聞いてあげると言ってくれたが、その豊島さん自身が動けなくなってしまった。牟田さんのじいさんからはまだなんの音沙汰もない。俺の依頼を忘れたのではなく、新しい事実が何も出てこないからだろう。綾瀬さんはプロの研究者だから郷土史関係に強そうだが、身分保全が整わないと動けないだろう。職を見つけることが何より優先になるからな。

 そういう俺自身も業務と現実対応優先で、履歴を探る作業が棚上げになったままだ。問題山積でうんざりするよ。


 もしサンタさんが実在するなら、プレゼントなんか要らないから野原を引き取ってほしいと懇願したいところだ。俺にとっては、クリスマスなんざそれくらいの意味合いしかない。


 ……少なくとも、今は。


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