(3)

 優の暴露は、大ショックなんていう生易しいものじゃなかった。天地がひっくり返るかと思ったわ。よくマンガで見かける驚きの表現。両目が飛び出し、大口が開き、髪が総毛立ち、顔に縦線が入り、周囲に雷が落ちる……とか。そういうのはあくまでも極端なデフォルメに過ぎないと思っていたが、今の俺を誰かが見ればきっとマンガのような表情をしていただろう。


「おまえの子じゃないって? ど、どういうことだ?」


 陽花がいろいろやらかしてきたし、この野原も怪異満載だから、俺は大抵の出来事には免疫があり、なんとかこなせる。だが世の中ってのは奇妙なこと、ありえないことばかりで埋まっているわけじゃない。99.9パーセントはまともなんだよ。だからこそ俺は真っ当に生きていられるし、イレギュラーな出来事にも対処できる。俺は、極端なスローモーな優も人としてはごくまともな感覚の持ち主だと思い込んでいたんだ。

 その優の口から飛び出したとんでもない一言は、俺の平常心を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。胸ぐらを掴んでがんがん揺さぶりながら問い詰めたかったが、衝動的な行動は優の天岩戸を閉めてしまうだけだろう。すんでのところで思い止まった。かといって、このままお互いだんまりでは埒が明かない。


 逆立ってしまった神経をなだめようと思って深く深呼吸をし、それから野原に背を向けた。眼下の家並みはお盆だというのに人影が少なく、しんと静まり返っている。

 俺が子供だった頃はまだ若かった町。五十年弱の間にすっかり年を取り、地区の雰囲気はひどくくすんだ。開発直後に居を構えた若い住人たちは、年齢を重ねていく間にここよりもっと便利で暮らしやすい街中に住み換えたのだろう。住民の淡い仲間意識は人の入れ替わりに伴って薄れていき、他に行き場のない先住老人と後から流れ着いた移住者たちの間の溝はくっきり穿たれたまま。そして……次代を担うはずの子供たちの姿がほとんどない。

 夏休み、しかもお盆だっていうのにな。ここに住んでいる子もここに住む祖父母を訪ねてくる子も少ないってことだ。


 俺の家も陽花のマンションもここよりは街中だから住人の入れ替わりが頻繁にある。それが都市域における正常な新陳代謝なのだろう。だが、ここでは住人の入れ替わりが地区の若返りに結びついていない。地域全体がふすふすと老い、想像以上の速度で地域活性が地盤沈下していることを実感させられる。

 俺が今背にしている野原は、我々の愚かしい変遷を見届けながら、どこかで冷笑しているのだろうか。


「ふうっ」


 優のことから意識が逸れたからか、いくらか頭が冷えた。俺以上にスローモーな優の口が端的な事情説明を紡げるとは思えない。口頭ではなく文章で説明してもらうか。それならたっぷり時間を使える。文章を編む優だけでなく、そいつを読む覚悟をする俺もな。

 黙りこくってしまった優にそれを伝えようとしたら、優がゆっくりと坂の下を指差した。黒い箱バンが派手に土埃を巻きたてながら、こちらに向かって突進してくる。


まさちゃんが……来た」

「え?」


 とんでもなくうろたえてしまう。優がここに呼びつけたということか? そんな感じには見えないが。


「どうしてここに来れるんだ?」

「書き置き……してきた」


 ああ、なるほどな。口下手な優なら、確かに会話よりむしろ筆談の方が向いている。言い負かされないためには黙り込んで会話を遮断するしかないが、それでは意思疎通できないからな。書くことによって言いたいことは相手に確実に伝わるし、反論も提案も可能になる。優なりに知恵を絞ったんだろう。俺が文章化の提案を切り出すまでもなかったか。


 俺の軽の隣に頭を突っ込んだ箱バンが、まるで気絶したかのように突然動きを止めた。運転席のドアが蹴破られる勢いで開き、転がるようにして雅美さんが飛び出した。鬼の形相で、髪を振り乱している。これまでのどこか取り澄ましたような振る舞いは欠片かけらも見られない。まるでぶち切れている時の有美ちゃんにそっくりで、思わず防御姿勢を取ってしまった。

 いきなり食ってかかられると思ったんだが、息を切らしながら俺らのところまで駆け上がってきた雅美さんは、足元にへたり込むなり号泣しながら「ごめんなさい」を連呼した。まるっきり……わけがわからん。


◇ ◇ ◇


 佐々木の男系は、タイプはそれぞれ違うものの総じてのんびりだ。親父が牛で、俺がナマケモノ、優はハシビロコウってとこか。急かされるのが大嫌いだから、誰かを急かすこともない。

 俺も優も牧柵に寄りかかり、草を揺らして吹き寄せる向かい風に顔を向け、無言のまま目を細めていた。雅美さんが落ち着くまではひたすら待つしかないし、待つことには慣れている。


 激しく泣き崩れている雅美さんが落ち着いてから何か白状しても黙り込んでも、俺は気にしない。俺にとってそっちは本筋じゃないんだ。優を呼び出した目的は一つ。大吾の面倒くらい自分たちできちんと見ろ。陽花や親に面倒をかけるな。それだけだ。

 優にはすでに俺たちの置かれている状況をきちんと伝えたし、優もこれまでのようには大吾を陽花や俺のところには預けられないとわかっただろう。雅美さんにも俺たちの事情をきちんと理解してもらえれば、それ以上含むところはない。今回の呼び出しは、頻繁な託児はもう受け入れられないとしっかり釘を刺すのが目的だ。それ以外はどんな面倒なことであってもオプションに過ぎない。優の「俺の子じゃない」発言には大いに驚かされたが、だからと言ってこの場ですぐ事細かに説明しろなんて雅美さんに強要するつもりはない。それはあくまでも夫婦間の問題だろう。親が出しゃばる筋合いではない。

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