(4)

「あの……」


 俺がうんざり顔で雑木を睨みつけていたら、滝村さんがおずおずと申し出た。


「やっぱ、俺、謝りたいっす。ゴミぃ散らかしたのは、俺もやっちゃったし」


 うーん、気持ちはありがたいけど、謝られてもなあ。あ、そうだ。


「じゃあ、こうしようか。俺の作業を手伝ってくれないか」

「道具はあるんすか?」

「手鋸は予備がいくつかある。俺は不器用だからすぐ折っちまうんだ」


 先が折れた手鋸を見せたら、滝村さんがびっくりしてた。


「出来るだけ根本に近いところで伐って、その場に倒しといて。縛るのは最後に二人でやろう。鋸で怪我しないようにね」

「うす!」


 作業の安全を確保するため逆方向へ伐っていくことにしたんだが。滝村さんは俺がひいひい言いながら一本伐る間にどんどん作業を進める。彼の後ろ姿はあっという間に遠ざかっていった。なんだとう?


「馬力が全然違う。どこが役立たずなんだ。すごいじゃないか」


 びっくりを通り越して、呆れてしまった。そうか。センパイのオーダーはいつも彼がしたくない汚れ仕事だ。いやいややるからてきぱきとはこなせない。だから愚図呼ばわりされてたんじゃないのか。なんとももったいないことだ。

 一時間後。俺がスタート地点から五十メートルも進んでいないのに、滝村さんはもう折り返しを過ぎていた。


「おーい、滝村さん、一服しよう!」


 俺が大声を出したら、野原の向こうの金色とさかがぴょこんと上下した。彼が走り戻ってくるのを待って、車に積んであった緑茶のペットボトルを手渡す。


「いやあ、本当に助かった。俺だけだったら、ぐるりを伐り終わる頃には、また新しいのが生えてるよ」

「あの、まだ半分残ってますけど」

「そのことで、お願いがあるんだ。バイトしないかい?」

「バイトすか?」

「そう」


 俺だって、滝村さん以上に切羽詰まってる。野原周囲の整備を俺が直接やるのは体力的にも能力的にも無理なんだ。シルバーセンターがあてにならなくなったから、どうしても代わりを探さないとならない。業者に委託するとえらい出費になってしまう。俺の抱えている事情を正直に話して、彼のリアクションを待った。


「バイト代、どのくらいすか?」

「一件一万。一時間で終わっても、三日かかっても一万。どう?」

「そっか。今の俺のペースだったら半日かかんないで終わるんすね」

「ということ。結局、人を選んじゃうんだよ。シルバーセンターのお年寄りに頼むと、俺ほどじゃないにしても時間はかかる。一日単位なら三日はみないとなんない」

「三万……かあ」

「それでも安いよ。民間業者に頼んだら、最低五万。いや、もっとかかるかな。雑木の伐採だけじゃなくて、草も刈らないとならないし、牧柵修理したり、ロープ取り替えたり、ゴミを拾って片付けたり。年間通したら二十万以上かかっちゃう」

「に、にじゅうまん!」


 ぎょっとしてるな。一番ぎょっとしたのは俺なんだけどね。大金持ちならともかく、普通のサラリーマンにその出費はきついんだ。固定資産税だって払わないとなんないし。はあ……。


「俺と同じ悩みを抱えてる人は多いと思うよ」


 牧柵に寄りかかって、眼下の家並みを指差した。


「この野原とは俺がまだ子供の頃からの付き合いなんだけど、その当時はまだ新興住宅地で住人が若かったんだ」

「あ……」

「あれから、五十年近く経ってる。ここに住んでた人たちはすっかり年を取った。俺と同じさ。庭仕事がしんどくなってきて、庭木が放置されたままになる。自分でやるのは年寄りにはきついし、人を頼むとなるとカネがかかる。年金暮らしの年寄りが万金払うのは辛いよ」


 家の間のもこもこが庭木だということがわかったのか、滝村さんがうーんとうなった。


「そっか。そっすね」

「今まではシルバーセンターの人が、手頃な値段で整備をやってくれてた。でも、軽作業ならともかく草刈りや伐採は年寄りには重労働さ。だから慢性的な人材不足なんだ。なんとかやってくれてたベテランさんもそろそろ引退。今まで頼んでたところから、もうできないって断られてね。それで、今年は自分でやることになったんだ」

「知らなかったっす。あの、ボランティアとかは……」


 思わず天を仰ぐ。


「街中だとボランティア団体がいくつもあるし、若い人もいっぱいいるからお願いしやすい。でも、ここはちょっと遠くてね。手弁当でここまで来てくれってのはなかなか言えないよ。それにね」

「うす」

「きちんと料金を払った方が、いろいろ頼みやすいんだ。だから俺もバイトの形にしたい。君も引き受けやすいだろ?」

「やるっす!」


 シャツの裾で額の汗を拭いた滝村さんが、清々しい笑顔を見せた。


「やれって言われてやるんじゃなくて、俺なら……ってとこがあるのはいいっすね」

「だろ? ペースが自分で決められるのは最高さ。俺は、そうじゃなきゃ働けなかった」

「俺もっす」


 いや、君は愚図でも役立たずでもないと思うよ。そう言ってあげたかったが、あえて黙っていた。誰かに肯定してもらえるのは確かに嬉しい。でも一番最初に自分を褒められるのは、まず自分なんだ。そこから出発しないと、結局弱気の虫に食い荒らされてしまう。いつまで経っても前に進めないからな。

 家並みの間のもこもこをじっと見下ろしていた滝村さんが、独り言とも問いかけとも取れる低い声で呟いた。


「これ……仕事にできるっすかね」


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