(3)
とりあえず俺がヤクザの筋ではないことを重ねて説明し、謝罪は受け取らなかった。そのセンパイとやらが直接謝りに来いよ。ふざけてやがる。俺に謝罪を受け入れてもらえなかった滝村さんは、完全に萎れ返ってしまった。そりゃそうだろうなあ。無傷で戻ればセンパイに「おまえ、本当に行ってきたんだろうな」と疑われ、センパイの虫の居所が悪かったらしばき倒されるかもしれない。
気弱で要領が悪くてぐず、か。俺と章子の悪いところを足して二で割ったような。だが外見と中身が一致しないってのは、陽花でいやというほど経験済みだ。陽花の場合は悪い意味で一致していなかったが、滝村さんは逆かもしれない。人から役立たずだ使えねえと言われ続けた反動で萎縮してるだけかもな。
「なあ、滝村さん」
「はい」
「俺は。子供の頃からものすごく鈍くさいんだよ。今でもあまり変わっていない」
「ええー?」
不信感を乗せた視線が俺を這い上がってくる。
「小中高と、集団にはついていけなかった。勉強も運動もてんでだめ。学校で要求される時間の使い方が、俺にはこなせなかったんだよ。まあ、牛だな」
「そんな風には……」
「見えないかい? でも、そうなんだ」
野原の周囲をぐるっと指差す。これから伐り倒さないとならない雑木があちこちに見える。
「この野原の周囲は、放っておくと木が生えてぼさぼさになっちまう。苦情が来るから木を伐ってるんだけど、朝から今まで作業してこれっぽっちだよ」
乱雑に束ねた枝の束を指差す。必死に手を動かしても三つがやっと。手鋸でぎこぎこ伐るから時間かかるにしたって、俺の作業ペースが遅すぎるのは見ればわかると思う。案の定、滝村さんが首を傾げてる。ははは。
「万事この調子でね。時間さえあれば出来るんだが、その時間がもらえない。学生時代は悲しいくらい出遅ればかりで、ぼっちまっしぐらだよ」
「いじめられたりとか、しなかったんすか?」
「リアクションがないからいじめても面白くなかったんだろ。仲間はずれはいつものことだったけど、いじめはあまりなかったかな。もっとも」
「うす」
当時を思い出して、思わず苦笑する。
「俺は、理不尽な扱いに抵抗したからね。反撃はできないけど、徹底して無視と不服従を貫いた。無理やり引っ張ったら牛が動かなくなるのと同じさ」
牛の真似をして、もおーっと鳴く。滝村さんが、くすっと笑った。へえー、いい笑顔してるじゃないか。
「落ちこぼれ寸前のどん尻をひいひい言いながらなんとか付いていって、大学まではたどり着いた。牛にしてはよくがんばったと思うよ。だけど、就職して破綻したんだ」
「え? 破綻……すか?」
「そう。工学部を出て設計事務所に就職を決めたんだけど、図面書きのノルマがまるっきりこなせなかった」
「わ……」
あの時の屈辱を思い出し、口の中がどうしようもなく苦くなる。
「学生時代は、課題提出期限を超過しても事情を話せば考慮してもらえた。でも、社会に出たらそうはいかない。優先すべきは自分じゃなくクライアントさ。俺の都合で納期を動かすことはできない。俺は業務のペースにまるっきりついて行けなかったんだ。半年も保たずにクビになってしまった」
「そんなあ……」
俺は、陽花の出来ちゃったーからの場当たり人生を他人事のように考えていた。だらしないなあ、もっとしっかりしろよってね。だがそんな俺だって、世間様から見れば役立たずの愚図そのものだったんだ。まさに目糞鼻糞を笑うだ。
「しかもだ」
「はい」
「俺は、学生時代に付き合ってた恋人と大学卒業と同時に結婚したんだ。妻からしたら、すぐに会社をクビになるなんて論外だろ」
「げ……えー」
信じられんという顔をしてるな。返す言葉がない。まさに俺の黒歴史だ。
「妻も同学年だったから卒業後に就職したけど、子供が出来たら辞めて専業主婦……という予定だった。そのプランを、愚図な俺が壊しちまった」
「クビになったあと、どうしたんすか?」
「必死だったよ」
俺にしては頑張ったと思う。他の人の当たり前が、俺にとっては全力疾走。息が切れそうだったが、四の五の言ってられなかった。
「幸い、設計事務所の所長はいい人だった。図面引きの仕事が俺に向いていないというだけで、じっくり仕事に向き合える職がどこかにあるはずだと、仕事で付き合いのある工務店とかにいろいろ掛け合ってくれたんだよ」
「いいっすね」
「ラッキーだったな。俺を拾ってくれたのが、今勤めている建設会社の監理部でね。俺は施工監理をやってる。設計通り、施工計画通りに工事が行われているかをきちんとチェックするのが仕事だから、早くこなすよりも落ち度や瑕疵がないかを見抜く方が大事なんだ」
「いいなあ。俺も、そんなラッキーが欲しいっす」
「探せば必ずあるだろ。愚図の俺にもあったんだから。それよりも」
「うす」
「センパイと縁を切らないとな」
即座に。滝村さんが首をぐんぐんと振った。もういやだ! あいつにこき使われたくない! 自分がすり減るだけで、何も残らない! 先が見えない! もういやだ!
センパイのいない場所では反発が態度に出せる。だが、マウントを取られると弱気の虫に乗っ取られるってことか。
「チームを抜けさせてくれって、言えそうかい?」
「……」
黙っちまった。そうだろうなあ。言えるくらいなら、とっくにまともになってるはず。
「いい方法を教えようか」
「なんかあるんすか?」
「センパイは、車に仕返ししたのがヤクザだと思ってるんだろ?」
「そうっす」
「だったら、とんまな勘違いをそのまま利用すればいいじゃないか。おまえはパシリだから話にならん、ヘッドを事務所に連れてこいって言われた……そう持って行けば一発だ」
「ああっ!」
にっと笑ってみせる。
「二度と俺の前に顔を出すな。センパイからそう言われるはずさ。向こうから縁を切ってくれる。楽勝だ」
「おじさん、すげえ!」
なんか尊敬のマナザシで見られているが。オジサンと言われるのは正直傷つく。でも、もうちょいしたらオジサンどころかジイサン呼ばわりになるんだよなあ。自分でもがっかりする。
「どうしてそんなことが思いつけるんすか?」
切羽詰まった様子で滝村さんがにじり寄ってきた。おいおい、顔が怖いから離れてくれ。
「俺が鈍だからさ。鈍だから出来ない、めんどくさい、間に合いそうにない。でも、なんとかしなきゃならない。それなら、どたま使うしかないじゃないか。体を動かすより無理なく、先にできる」
「すげえ……」
「いや、それでも最後は自ら動くしかないんだ。誰かが代わりにやってくれることはないからな」
雑木の処理だってそうだ。人に頼めば楽はできるが、カネがかかる。俺がどんなにうんうん考えても、出費を抑えるには自分でやるしかない。はあ……めんどくさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます