(5)

 どう答えようか考えているうちに、ものすごく厄介な人が来てしまった。


「豊島さん、こんにちはー」

「人ぉ雇ったんかい」


 見かけはヤンキーそのものの滝村さんをじろじろ見ていた豊島さんが、ずばっと切り出した。


「いや、ちょっといろいろな経緯いきさつがあってね。ロハで手伝ってもらったんです」

「ふうん。見かけによらず、いいガタイをしてる。手際もいい。あんたとは大違いだ」


 ううー、またどっかで見てたんだろうなあ。若い人と比べないでよ。まったく。


「そういや、豊島さんとこは庭木をどうしてるんですか?」


 さっきの仕事云々のことがあるから、直に訊いてみた。滝村さんも真剣な表情で豊島さんがなんと言うかを待っている。顔をしかめた豊島さんが、ぺっと吐き出すように答えた。


「今までは市川のじじいに頼んでたんだよ。それも今年までだ。来年からどうするか、頭が痛いよ」

「ここと同じですね。うちもシルバーセンターを頼れなくなったから。で、その市川さんという方はどなたですか?」

「植木屋のくっそ腹立つじじいだ!」


 いきなりぼかんと爆発した豊島さんを見て、滝村さんがびびってる。ふむ。市川さんというおじいさんとは、売り言葉に買い言葉でがんがんどつき合う間柄なんだろう。天敵であると同時に戦友ってことか。親父や穂坂さんとの関係とはまたちょっと違うな。


「あのじじいももうすぐ八十だよ。どんなに強がってもしんどい仕事は無理さ。わたしと対張るくらい我が強いから子供には稼業を継がせられんかったし、弟子も取れんかった。いい腕なんだけどね」

「この辺りの庭木は市川さんが手がけてたんですか?」

「いいやあ。あのじじい、客扱いがさっぱりなんだよ。愛想はないわ、態度はでかいわ、ずけずけもの言うわ。そこにいるだけでむかむかする!」


 ……とこきおろしつつ仕事を頼んでたんだから、よほど腕がいいんだろう。それと手間賃がリーズナブルってことか。住宅街のあちこちに突出している緑の塔を、豊島さんが忌々しそうに睨みつける。


「手入れしないと庭木はすぐ伸びちまう。一度でかくしちゃったらもう手に負えないよ。結局高いカネ払って伐り払うしかなくなる。世話するつもりもないのに、庭に木ぃ植えるなってどやしたいけどね。人んちの庭にまでけちつけるわけにはいかない」


 ダウト。豊島さんのことだから、必ず文句を言ってるはずだ。でも、文句にしかならないんだよな。

 振り返った豊島さんが、滝村さんををがちっと見据える。気の弱い人はすぐ目を逸らしてしまうんだが、滝村さんは食い入るように見つめ返した。目力を確かめた豊島さんが、直に訊いた。


「あんた、やってみたいのかい?」

「俺にできるんならやってみたいっす」

「あのじいいにできるんだから、あんたには必ずできるよ」

「あの……どうしてわかるんすか?」

「あんたが若いからだよ」


 外見に似合わずガッツも馬力もある滝村さんが気に入ったんだろう。豊島さんがにいっと笑った。


「枯れ草は、もう柔らかくなんないよ。無理に曲げればぽきっと折れる。でも、若い草は曲げたって折れやしない。そこが徹底的に違う」


 市川さんにぶつけ切れなかった文句が、ひっきりなしに草間にこぼれ落ちてゆく。


「あのじじいは失敗したと思ってるはずさ。どうにかして跡を継がそうとしたけど、結局あくが強過ぎて息子にも弟子にも逃げられた。やり直すにはもう年を取り過ぎてる。だから苛々して、ますます態度が悪くなる。ばっかじゃないか!」


 あーあ、ぼろっくそ。でも、豊島さんはどうでもいい人のことは悪様あしざまに言わない。つまらんくだらんろくでもないとばっさり切り捨ててそのまま無視だ。豊島さんなりに、市川さんのことを気にしてるんだろう。


「俺、その人に会ってみたいっす」

「会っただけじゃダメだよ。弟子入りすんなら急いだ方がいい。年寄りの一年は、あんた方の一年とは違う。わたしもそうだけど、そんなに時間が残ってないんだよ。死ぬ気で食らいつかないと、あっという間に時間切れだ」


 ひょいと持ち上げた杖で、豊島さんが俺を指し示した。


「じじいに、来いって言っとく。連絡ついたら信ちゃんに伝えるから、その日は何があってもおいで。チャンスはそうないよ」

「うっす!」

「それと」


 ぎん! 豊島さんの視線が一気に尖った。


「年寄り相手にだらしない格好は論外だよ。門前払いされるのが嫌なら、なんとかするんだね!」

「う……そっすね」

「はっはっは! あんたがこなせるようになったら、わたしんとこを任せる。わたしの目が黒いうちにものになってちょうだい」


 豊島さんは言いたいことを存分にぶちまけて、楽しそうに帰っていった。呆然とその後ろ姿を見送っていた滝村さんが、信じられないという顔で首をゆるゆる振った。


「すごい……人っすね」

「まあね。俺が子供の頃からずっとあんな感じさ。何回どやされたかわかんない」

「今でも、すか?」

「もちろん。鈍くさい俺はガキ扱いのままだよ。でも、とことん自分に正直で、真っ直ぐな人だ。親父も俺も世話になってきたんだ」

「なんか、わかるっす」


◇ ◇ ◇


 伐り倒した雑木を縄でくくって野原の外に置いた。中に置くつもりだったけど、今日は実験を断念する。滝村さんに手伝ってもらった分、量が想定以上に多くなってしまったからね。ヤンキーの散らかしたゴミみたいに、俺んちに全部返送されたらしゃれにならない。面倒だがトラックをレンタルして処理場に運ばないとな。追加出費は痛いが仕方がない。

 雑木伐採を手伝ってくれた滝村さんにはしっかりお礼を言った。本当はバイト代を渡したかったんだが、しでかしとの相殺ということで固辞された。確かに、ここで一度けりをつけた方が仕事を頼みやすくなる。次来てもらう時に、手間賃に色を乗せることにしよう。本当に助かったよ。


 来た時にはほとんどゾンビ状態だった滝村さんは、憑き物が落ちたかのようにすっきり笑顔で帰っていった。また教えてくださいと手を振りながら。いやあ、俺が教えられることなんか何もないんだが……。

 豊島さんのことだ。無理やりにでも市川さんと滝村さんを引っ付けようとするだろう。滝村さんが覚えなければならない大事なことは、きっと彼らから学べる。俺とのことはただのきっかけにしてくれればいい。


「あとは、スパルタに耐えられるかどうか、か」


 市川さんに庭木の扱いを教わるにしても、手取り足取りにはならないよ。豊島さんに匹敵するつわものなら、古典的な教え方でがりがりどやしながら仕込むだろう。センパイの理不尽な無理難題と違って愛の鞭なんだが、しんどいのは同じだ。

 だが、そのしんどさは必ずクリアしなければならない。今日の豊島さんの懸念通りで、教われる時間は限られている。貪欲に技術をものにしてどんどん成長しないと、市川さんに何かあったらそこで終わりになってしまうんだ。

 そして。おそらく市川さんは自分の仕事を継げとは言わないと思う。一通り教えたからあとはおまえが工夫してやれと突き放すんじゃないかな。時代の変化についていけなかった自分と同じ後悔を、滝村さんにはさせたくないだろう。


 まだまだスタート以前の段階だが、それでも時は動き出した。変化は起こった。俺や豊島さんと違って、彼は若い。自分の可能性を前向きに考えられる限り、きっと停滞や挫折を乗り越えて成長できるだろう……いやそうあって欲しいな。柔らかい青草がみるみる伸びて、日差しを跳ね返す強さを身につけるようにね。

 汗で湿ったタオルでもう一度わしわしと顔を拭き、すっかり日足が伸びた夕空を見上げた。それから、軽快な葉擦れの音を響かせ始めた野原を見渡す。先月はまだ春陽に抱かれていた淡い若草が、研ぎ澄まされた刀身のように夕陽を跳ね返していた。


「野原は変わらないからいいよなあ。俺はぼんぼろりんだよ。明日は間違いなく筋肉痛で動けんとみた。とほほ……」



【第五話 草光る 了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る