第3章ー5

 それから二週間、俺は学校を休んだ。


 休み明け、学校に行くと、実技の担当講師が、フレグランス婦人から、柳田やなぎだ先生に替わっていた。柳田先生は定年間近のおじいちゃん先生で、この先、音楽以外の道に進んだ方が良いとされる生徒を専門に受け持っている、とても優しいと評判の先生だ。要するに、俺は見限られたのだ。不思議と悔しいという感情は微塵もなく、俺は、安堵した。


***


 師走に入る頃には、皆、音響祭のことなど、綺麗さっぱり忘れてしまっているかのようだった。皆、進路のことを真剣に考え始める時期に差し掛かっていたのだ。 「慧都音楽大学附属高等学校」に進学希望する者、一般の高校に進学希望する者、海外の音楽院に進学希望する者。多くの生徒たちが悩みに悩む中、俺の意志はすでに固まっていた。

 「音響祭」での俺の大失態は、悪質な記者による演奏妨害だったということが後に判明し、なんとか無事に3年に進級することができた俺は、夏休み前に行われた三者面談で、一般の高校に進学したいという意志を伝えた。担任の教師も母も俺の意志をすんなりと受け入れた。その夜、俺は、出張先のアメリカから半年ぶりに帰って来ていた父にリビングに呼び出された。


「舜、一般の高校に進学したいと、三者面談で言ったそうだな?」

「うん、もう、ピアノを続ける意味が俺の中でなくなっちゃったんだ」

「そうか……後悔はしないか?」

「後悔なんてしないよ。それに、うちには、泉がいるだろう? 泉さえ居れば、母さんは俺なんか居なくても笑顔で生きていけるよ」

「舜、そんな悲しいことを言うもんじゃない。母さんも俺も、泉と舜はかけがえのない大切な息子なんだ」

 俺は、父の綺麗事に反吐が出そうだった。

「ところで、舜、中学を卒業したら、犬飼いぬかいのおばあちゃんの家に住まわせてもらいながら、高校に通う気はないか?」

 ”犬飼のおばあちゃん”、とは、母方の祖母のことだ。幼少期、俺たち家族が仲睦まじかった頃、夏休みや年末年始の父の休暇を利用して、よく家族四人で祖母の家に遊びに行ったものだ。その頃はまだ祖父も健在で、祖父と祖母は、可愛い双子の孫たちが遊びに来ることをとても楽しみにしていた。祖父は、大企業の役員をしていたらしく、母の実家は裕福だった。だからこそ、そこそこの才能しか持たない母を音大まで行かせることができたのだろう。

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