第3章ー3

「こんなの……敵いっこないじゃないか……」


 俺の呟きは、兄の演奏を称賛する、会場が割れんばかりの拍手でもって掻き消された。

 泉が、オープニングで極上の演奏をしたことが、後に控えている演奏者たちに様々な影響を及ぼしたことは言うまでもなかった。ピアノ科の演奏者たちは、泉の演奏に圧倒され萎縮してしまい本来の実力を出し切ることができなかった。渋谷ニナにいたっては、泉の演奏を意識し過ぎたあまりに泉の二番煎じのような演奏になってしまい半泣きで舞台袖にはけていった。逆に、ピアノ科以外の弦楽器や声楽を専攻する者たちは「谷村 泉と共演したい!」という思いが各々のモチベーションを上げ、素晴らしい演奏をし、会場を大いに盛り上げていた。


 ――十六時四十五分


 ヴァイオリン科の主席奏者の演奏が始まった。曲目は、サン=サーンスの『序奏とロンド・カプリチオーソ』。余程素晴らしい演奏をしたのだろう。会場が熱気を帯びていた。地鳴りのような拍手が会場を揺さぶった。


 そして……無情にもその刻は訪れた。


「泉くん、舜くん、いつもどおり弾けば大丈夫! 楽しんでおいで!」


 佐渡が、泉と俺の背中をポンっと叩き、舞台へと送り出した。


「リハーサルは完璧だったんだ! 大丈夫!」


 泉が言った。


(そうだ……俺はかつて神童だったんだ……大丈夫……)


 そう自分に言い聞かせ、舞台に上がることを拒絶する足を無理矢理動かした。


「プログラムナンバー15番 ピアノ科2年 谷村泉、谷村 舜 前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2『鐘』二台ピアノ」


 アナウンスが流れると同時に、先程まで熱気を帯びていた会場が、静寂に包まれた。俺は、深呼吸をし、高鳴る鼓動を抑えた。お互いにピアノと向き合う準備が整ったのを確認し、泉が目で合図を送った。

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