第二頁 必然の鎖でできた序章の断片
高校二年の秋。
純文学作家になる前の少年は、全てに絶望し不登校になっていた。
「……今日も更新、っと」
一人の少年はスマホをいじりながら、ネット小説の更新を行っていた。
自分が書く小説の内容は、
それも二年の夏、とある事件があって俺は自室に引きこもっている。
外に出ることは特になく、学校には友人作りを怠った自分には家に訪れて心配してくれるような物語の中にしか登場しない親友のような行為をする者はいない。
だから今、執筆して俺の自殺願望を発散と誰かに俺の悲鳴を聞いてほしくて作品としてネット小説を書いている。自分の本音をSNSで発信する、といった面倒ごとは嫌いなためお気持ち表明的感覚で小説を書いているだけだ。
昔から言葉を実際に口にするよりも文章にした方が冷静に言えるところや、もしくは激昂していた本音を言葉にして文章化することに中学生時にハマり、自分自身の感情の言語化できる手段の一つとしてやっていた習慣のような物だ。
「……はやく死にたいな」
小さく小さく自分の胸から零れる泥の呪詛を吐く。
もし叶うなら、初恋の人である彼女に学校祭で告白して、彼女の恋人になれたら……なんて男としては格好のつかないことをしたせいだ。
将来は一般就労して好きな人と結婚して、普通に大団円のように死ねたなら幸いだったはずだというのに、人生も、現実も甘くはなかった……世の中、幸福なハッピーエンドで終わらせる世界ばかりではないと俺の存在が証明したような物だ。
「……あ、もう感想来てるな」
タップしながら感想を確認する、内容は「今回も鬱すぎる展開……最高でした、面白かったです!」とコメントされている。
いつも俺の新しい小説に感想を残すユーザーに、俺はストレス発散で書いてるだけなんだがな、と内心呟く。評価してくる人間は一部あるがたかが知れる程度だ。悟はユーザーページに飛び、新作を考える。
「……次は、どうするかな」
『……×さん』
■■が、甘い声で耳元に囁きかけて来る。
己の死を請うように。
生涯をその手で終わらせろと微笑むように。
来世なんて恋愛物好きな少女のように恋焦がれるようなタイプじゃないが、彼女の幸福な結末を来世で小説に書き起こす、なんてある意味ストーカー染みているけど……そうできる方が俺としては幸福な結末だったのかもしれない。
悟は震える手で枯れた涙が頬から伝う。
「……あの子がヒロインで幸福な結末の小説、書きたかったのに。なんで、こんな寒いことをしてるんだろうな」
どれだけ自分の絶望を誰かに聞いたって、他人は物語以上の興味はない。
作家が描く自分の性癖を投入した読者好みの登場人物や、作家が新しく紡がれる物語展開、などの物を読者は求めるもののはずだとわかっている。
……俺自身が、今、本来しようとしていた作品を書こうと思っても、売れなければ作家になれるはずもない。自分じゃない誰かに求められている物語こそが、全てなのだろうというのも、わかってはいるのだ。
だから、ちゃんと自殺するために作品を書ききるまで。
延命治療的行いに他人は取ったとしても、俺は自殺するために後悔したとしても、この本音を物語として昇華し続けるのだ。
……俺の悲鳴が、誰かに気づいてもらえるように。
「……そうだ」
悟はベットの毛布を剥ぎ取り、小学生の頃から訪れたことのあるとある場所へ行くために指を鳴らす。
そうだ、自殺をするならばあの空間であれば、誰にも気づかれないだろう。
「さぁ、開いてくれ――――境界線」
界刻の自室に、白の扉が現れる。
見慣れたものだ、俺が小学生の頃に車に突っ込まれてぶつかった時、気が付けば時間が止っており、目の前にこの扉が現れた。
界刻は扉まで近づき、手慣れた手つきでドアノブに触れる。
少年は宇宙色の空間へと踏み入った。
ひさしぶりに訪れた全ての世界にとって境界線に当たる空間。
数多の並行世界の通路と評していい場所は今日も変わらずそこにある。
「……変わってないな」
作家希望の少年は呟く。
とある女司書に禁止令を出されて以降、他の並行世界に入らないようにするなら問題ないと言われたので、ただ通路を通るという空しい行為しか許されない。
だが自分の目的は死ぬことだ。
司書からは自殺をしてはならない、という説明は受けていない。
自分の踏みしめる道は青紫色の輝きが見える。宇宙の具現とも表現してもいいこの世界に、彼の胸はおどろおどろしい熱が
「……あぁ、虚しいな」
あの事故がなければ、彼女が死ななければ。
小説を書く理由すらもなくなってしまいそうな今が苦しい。
自殺を図ろうと何度も試したことがある。
薬も、縄も、いろいろ試したが家族に止められた。
結果的に死ぬことができなかったけれど。
だが、それでも俺の絶望を。激情を形にできるのならばと。
彼女の思いを綴った物語を、俺が生きている限り永遠に捧げ続けるのだと。
俺の死を捧げられない代わりに君への思いを、誰かに訴えることができたらと。
いつか、本物の作家になれたのならばと。
全てが本当に彼女への懺悔の花束として送れるのならばと。
――ホントウニ?
「――、」
少年は自分の口に手を当てる。
頭に映像が浮かんだ。死んだ彼女が、花束を持って俺に微笑んでいる様を。
顔が浮かばなかった。口角だけ、誰かに向けて微笑んでいる彼女の様を。
彼女は、生きていたら俺になんと言ってくれるだろうか。結ばれた恋人同士でもないのに、そんな感傷に浸るのはいけないことだとわかってる。
自分のために俺は作家を目指す道を選んだ。
純粋な理由で彼女のために物語を描いていると自負できる。
ならばこそ、だからこそ。
俺は彼女の笑顔を、もう一度。
ただ、もう一度。
「……ああ、」
嗚咽と共に漏れる息が、溺死寸前にも似た自分の脳をより苛める。
苦しいと嘆くことは、許されないのなら。
せめて、物語で、君を愛せたのなら。
君を、描けたのなら。
「俺を、許さないでくれ――――千鶴」
――永遠に、俺を呪って首を絞めてくれ。愛しい人。
一人の男は悲痛にも似た声を絞り出す。
【……見つけた】
懺悔も贖罪も、彼は永遠に許されないと気づいているからこそ黒い影は彼の胸の内に零れる孤独な独白に惹かれた。
「!? なんだ!?」
【やっと、見つけた、やっと、やっと……見つけた】
「何なんだ……?」
黒い影、いいや黒焦げた女性の遺体、と言われたら一番連想しやすい。
唯一の違いは、焦げた臭いではなく、インクの臭いがする程度。
触れている彼女の手から文字が漏れている……なんだ? この化け物は。
襲い掛かってくる様子もない。
ラインホルトゥスは並行世界と現実世界を繋ぐ通路なだけじゃないのか?
もしかして、司書が何か黙っていた?
いいや、そんなことはないはず。
【……私は、無貌少女】
「無貌少女? ……もしかして、あの都市伝説の?」
聞いたことがある。
主人公と結ばれるために創作されたヒロインである名も無き少女。
ヒロインであるその少女は怪異となって、主人公に恋し愛そうとする。
主人公が死ぬまでずっと面倒を見て最期は主人公と心中するも、自分が既に怪異となっていたからその程度では死ねず、来世の主人公とまた恋をし同じ行為を……と、言う前世に縛られた無限ループの恋愛を行わされるという怪異だ。
一途ではあると思うが、メンヘラだのヤンデレだの評されていたはずだ。俺も設定を知った時は、どんなメインヒロイン様だと人生の先輩方に裏手拳で突っ込んだ。
……うん、今思い出しただけでも重いな。界刻はちらっと彼女の体を見る。
「形が焼死体みたいなのは、作者による外見設定の補正がないから、とかか?」
【……はい、そうなるかと】
「俺が外見を決めることができると?」
【……今はそれよりも、名前を】
「名前って、なんで俺が、」
もし、この怪異を名前を与えたらどうなる?
コイツに名前を与えて、襲ってこない保証は?
……サヤに以前、一度怒られたしな。
【貴方が、いいんです】
顔を持たない少女が、俺に助けを請い願っている。
……コイツを助けるのに、何のメリットが俺にある?
俺は、自殺するためにここに来たのに。
【ガァアアアアアアアアアアアアア!!】
「な、なんだ!?」
ミノタウロスに似た黒い汚泥にも見える化け物が、
【あれは、
「……もし、交わさなかったら?」
【貴方が死ぬだけです】
「……助けてくれるのか?」
【名前を、与えてくださるのなら】
界刻は顎に手を当てて高速に命名演算を脳内で繰り広げる。
今は急を要する。
無貌少女、という怪異なんだよなコイツは。
コイツの怪異名が無貌少女ならば、絶対に特定の少女らしい名前にするわけにはいかないと、俺のなけなしの作家魂のプライドが囁いている。
無貌少女なら透明感というか透明人間っぽさを含ませたいところだが……というか、名前を付けたらコイツの外見も決まるのか?
いいや、今はそんなことどうでもいい。
作家の卵とはいえヒロインの名前なんて決められるに決まって――
「俺は純文学作家志望だぞ!? ……ありがちな名前しか浮かんでこないっ」
【……私は
「透明姫……?」
【はい、私のあだ名のような物です】
透明姫、
だが、無貌少女としての絶対ヒロイン感がない気がする。
なら、名前は――俺がいまだ、未発表のヒロインの名前を採用してやろうじゃないか。透明姫という彼女の名とたまたま被る部分があるのは
「
【……了承します】
焼死体の女は界刻の唇にキスをする。
彼女の輪郭がゆっくりと人へと変わっていく。互いの間に泡にも似た光が溢れる。
彼女の白髪が舞い、肌が白く染まっていく。整った目鼻筋も、長い睫毛も。
目の前で無貌少女という女は己の体を作り変えていく。
白いゴスロリのドレスのレースが揺れて。
彼女の首輪にある金色の南京錠が揺れて。
ふと、閉じられていた瞼から銀色の死んだ目が俺を捕らえる。
「――契約成立ですわ、旦那様」
「……は?」
界刻は固まる。旦那様と呼ばせる設定はしてないんだが?
目の前の焼死体に等しい体だった彼女は、普通の美少女のように微笑んでいるではないか。若干、王道なメインヒロインというよりサブヒロイン感があるが。
いいや、サブヒロインよりも、敵キャラとかのヤンデレ女子感ある見た目だ。
しかもファーストキスを、初恋でも何でもなければ怪異の女に奪われてしまうだなんて誰が想像できるだろうか。
「我が鎖は祖に捧げる一端へ、
彼女が言霊を紡ぐと、体に体に何か力が溢れてくる感覚を抱く。
白い煌めきが俺と彼女が包んだかと思うと、彼女の首元の南京錠は解かれ、彼女の体が透明化していく。
「な、なんだ!?」
『彼の者に捧ぐ像となりて、我が武装は顕現する――――
界刻の体に
目元だけの烏に似た白の仮面。
気が付けば彼の利き手に星の煌きを体現した剣が握られている。
【さぁ、旦那様。仮契約ですが、早々に害虫駆除しましょう】
「なんで透けてる? というかなんで全裸!?」
【精神体なので】
「どういう理屈だよ!?」
【旦那様、戦闘態勢に入らなければ、死にますよ】
「っ、なんだかわからないが、やればいいんだろ? 後で、お仕置きだからな。メアリー・スー!!」
【
界刻は吠えると目の前にいる怪物に剣を構えた。
体が力が
ジリジリとした緊張感に、界刻は手のひらに握られた白剣は輝く。
【旦那様、戦い方はわかりますか?】
「ただの陰キャ無名作家が知っているとでも? 後、旦那様呼びやめろ」
【補助は行いますので、意識を集中してください。私の呼吸と合わせて】
「……わかった」
一時的な相棒に、界刻は従うことにした。
息を吐き、目の前に相対する怪物に対応するため目を閉じる。
呼吸をする度、知らない感覚を感じ始める。
意識の神経を精密にしていく度に、身体能力が上がっている感覚。
……慣れない感覚だが、目の前にいるミノタロスを倒すためだ。
――目を開けてください、旦那様。
「……!」
悟は透姫の指示のまま目を開ける。
ミノタウロスを瞳に映すと、今までよりも鮮明に怪物が目に映る。
細部に至るまで、透姫を武装した時よりも怪物の動きが幾分か遅く見える。白いローブと仮面に、この剣を握ったことで身体能力が向上した、ってことか。
【この武装状態は
「それはまた、作家冥利に尽きる武装だな」
皮肉を込めて言うと、はい、と淡々と返してくる。
……後で、皮肉の返し方を教えておくか。
【ガァアアアアアアアアアア!!】
大斧を振るい、ミノタウロスは迫ってくる。
剣を構え、界刻は集中する。鋭い眼光で大斧の表面を剣で薙ぎ払う。
ミノタウロスは続けて、拳を界刻の顔面に向ける。
戦闘慣れしていない界刻にはまだ剣だけで、瞬時に反応できなかった。
これ、避けれる気がしな――!!
【旦那様、失礼します】
「は? ま――」
体が透姫に支配されてか足でミノタウロスの拳を足で踏んで、背に飛び乗って背後に回り、距離を取った。
「お前の補助の動き、こういうこともできるんだな」
【はい……もっと褒めてください】
「お前さては意外と図々しいな!?」
【なんのことでしょう】
そっぽを向く精神体の彼女に声を荒げると雄叫びを上げる標的に視線を変える。
【グァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
「っち、透姫!!」
【はい】
透姫が頷くと体は自然とケンタウロスへと駆け出していた。
【補助します!!
界刻の体が白く発光し、思考と体の動きがクリアになっていくのを感じる。
ミノタウロスは、大きく俺に大斧を振ってくる。
【グァアアアアアアアアアアアアア!!】
「その攻撃は知ってる!」
大振りの大斧を避けた界刻はそのまま二度目の背後を取る。
次は外さない!!
「くらえ!!」
【グアァアアアア……!!】
白剣はミノタウロスの首に入り、紙切れを着る時の感覚で切り落とせた。血が飛び散ることはなく、ミノタウロスは液状化し並行空間の闇に煌然と消えていった。
剣から伝った血にも見える液体も、星砂の輝きを放って消えていく。
「……倒せた、のか」
【……はい、旦那様】
安堵の息を吐きながら俺は手に握った白剣を見る。
「……俺がお前と契約したから、この武装が使えるってことでいいんだよな?」
【はい。貴方の誓涯武装である
「性質?」
【ゲームの属性に例えるならば全属性に当たる感じになります】
「意外と強い、って意味なのか?」
【いいえ、
「それはまた、随分と差が激しいんじゃないのか?」
【誓涯武装は、心の武装とも呼べますから】
「……よく例えたもんだな」
俺が身に纏った誓涯武装、とやらは随分と暗殺者系の見た目の格好だと気づく。
……俺の性質が明るい物じゃないと思っていたのに白いローブだったり仮面だったり、果ては色々な武器を扱えるなんて、器用貧乏様々だ。
【この空間に置いての私たちを繋ぐ
「……大体はわかった、要するにこの武装はあの異害から自分を守るため、ってことだろ?」
【はい。では旦那様、現実世界に一度戻りましょう】
「説明はしてくれるんだろうな?」
【それならば、細かい説明は貴方の知る司書にお願いすればいいのでは?】
なぜ透姫がサヤを知っているのかと疑問を口にしようとすると精神体の彼女の声と同時に、スマホの電子音が響く。
俺は精神体の透姫に視線を向けると相棒は小さく頷いた。
【……武装解除】
透姫が小さく呟くと、彼女は少女の姿に戻る。
自分も普段の姿に戻っていたので、急いでポケットからスマホを取り出した。
『聞こえる? 界刻君』
「ああ、サヤどうした?」
『君が怪異と仮契約を交わしたようだからね。一度、私の所に来てほしいんだ』
「……お前は、本当に見てるよな」
『すべての現在に当たる時間軸の状況は認識できる、そう言ったことがあったと思うけど』
「で、俺はどうすればいい?」
『一度ラインホルトゥスから正史世界に戻ってきてくれるかな。でないと他の異害にまた襲われかねないよ。気を付けてきてね』
横目で界刻通路を見ると、泥上なのが次々と浮き上がってきているのが見える。
異害は、さっきのミノタウロスのことも差しているのか。神話生物的存在だけなのか、それとも違うのかは定かじゃないが今はこの空間から撤退すべきだろう。
いろいろと、サヤには聞いておかないといけないことが多いだろうしな。
「じゃあ、一旦戻るか」
「そうですね」
……? なんだ?
界刻は周囲を見ると、扉がなかった。
なんでだ? 前までなら、一度来た扉はそのままあるはずなのに。
「私が扉を用意します、今の旦那様は私なしで正史世界に帰れませんよ」
「ああ、そうかなのか。じゃあ頼む」
「はい……開錠」
透姫は目を閉じて両手をかざすと白い扉が通路の道から現れる。
ようやく帰れることに安堵感に息を吐きながら、俺はドアノブを触れる。
「行くぞ、透姫」
「……っ、はい」
彼女は花の笑みを俺に見せた。まるでファンタジー作品のヒロインならメインヒロイン級の見た目でそんな彼女にどこか、あの子の顔が一瞬被った気がした。
語部の綴頁誓言(ニルエンゲージ) 絵之色 @Spellingofcolor
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