叔父・従兄妹と話をする
編入試験を含め、家を出るかもしれないことを今の家族に話さなければならない。
俺はバイトが終わるなり速攻で帰宅した。
まずは
仕方なく――といえば失礼になるな――まずは叔父と話をすることにした。
その叔父もすでに酒を飲んでいて、どこまでまともに話ができるのかわからなかった。
「俺、転校の話があるんだけど、
「ああ、爺さんが動いていたからな。向こうの家に世話になることにしたんだな?」
「まだ決めてない」
「なんだ、決めてないのか?」
「正直なところ、どうしたら良いのかわからない」
「だったら行ってみろ。何でもまずはやってみる。それが
「そう言うと思ったよ。じいちゃんがそう言うんだよな」
「気に入らなかったら帰ってきたら良い」
「でも、学費とか生活費とかどうなってるんだ?」
「全部向こう持ちらしいぞ。向こうが勝手に言い出したことだし、大金持ちだから養う人間が一人や二人増えたって何ともないのだろう。小遣いまで貰えるって話だ」
「お坊っちゃまか、俺?」
「そうなるな」
「ところで、この話、具体的なことは今日担任から初めて聞かされたんだけど、俺」
「ぐふっ!」叔父が噴きそうになった。「また爺さんの
「やっぱりな」
「じゃあ、編入試験の話も聞いてなかったのか?」
「そうだよ」
「確か、向こうの学校から封筒が届いていたはずだが、爺さんが持ってるのかな」
叔父の
「わかりやすいところにはおいてあったが、いつお前に話をするつもりだったんだろうな」
封は開けられていた。
俺は手渡された包みから書類を取り出した。それは編入試験の案内と受験票だった。編入試験とはいえ立派な形式に則っているようだ。
受験票にはご丁寧に黒髪の俺の写真が貼られていた。
いつ撮った写真だ? フォトショで修正しているんじゃね?
俺は、
どうせ、「あいつはまともな写真など用意できません」とか何とか言ったのだろう。それを真に受ける芦崎もどうかと思うが。
「――って、これ
「ん?」
二人して覗き込んだ。
試験の日時は明後日の午前九時集合で、午後から面接があり、終わり次第下校となっていた。
「マジかよ。明日知らせるつもりだったのか?『明日試験だ』とか言って」
「爺さん特有のサプライズだな」
「ふざけてるよ、全く」
「本気で考えてないのかもな、お前の転校」
「そうなのか?」
「いや、本気でもこれはあり得る。俺が受験する時も、受験日や受験校を全く把握してなくて、婆さんが怒って爺さんに絞め技をかけていたな」
「どんなばあちゃんだよ」その祖母の記憶はない。
「とにかく、当日の格好は今の学校の制服で良いし、受験票もあるし、どうにかなるな。しかしその頭は何とかしないとな」
「染めたばかりだったのに」バイト代が無駄になった。
「俺の髪染めで対処しな」
明日もバイトがあるから俺に美容院に行って染め直す時間はなかった。
「中年の黒髪になるのか……」俺は天を仰いだ。受験票に貼られた写真の俺は見事な黒髪だ。
「ところで、みんな知ってるのか?」俺は訊いた。
「玲子は知っているが、
「そうするよ」
学校は転校することになる。編入試験は明後日だと伝えた。
二人とも初めて聞いたようで、驚き方は尋常ではなかった。特に飛鳥は動揺すらしていた。
「なんでそんな大事な話、黙ってたのよ」
「いや、俺もそんな急な話になってるとは思ってなかったんだよ。二年生になって五月の連休後にでも向こうの公立校に転校するのかな、くらいに考えていた」
「相変わらず呑気な奴だな」雷人は呆れていた。
「あっちのじいちゃんの具合が良くないらしい。だから早まったんだ」
「それは仕方ないことなのかもしれないけど」飛鳥は言葉を失った。
「どうも俺には双子の兄か弟がいて、そいつと暮らすことになるらしい」
「え?」
「それは初耳だな」
「お前たちにいとこがもう一人増えることになるな。良い奴だったら連れてくるよ」
「お金持ちの家に育ったんでしょう? どんな人なのか……」
「
「俺がまともでないみたいな言い方するな」
「マトモのつもりだったのか?」
結局いつものじゃれ合いになった。
「でもさびしくなるよ、ホノカ
雷人と飛鳥は仲の良い兄妹だったが、ふざけてじゃれ合うタイプではなかった。
俺がいないと静かになってしまうかもしれない。
「休みの度に帰ってくるからよ。ていうか、編入試験通るかどうかわからんぞ。落ちたらこの話、どうなるんだろうな」
「そこは金持ちのコネでどうにか通すんじゃないか」雷人が真顔で冗談を言った。
「なるほどな」
あの男ならやりそうだと、先日訪ねてきた父方叔父の顔を思い浮かべた。
鋭い目つきに冷たい顔。権力と財力を持ち合わせているなら力技でごり押ししそうなタイプだ。
俺の実の父親とは一卵性双生児だというから、俺の父親が生きていたらあの顔になっていたのだろう。
目が似ていると誰かに言われたっけ。俺はあんな冷たい顔ではないつもりなのだが。
「久しぶりに一緒に風呂に入るか?」雷人が俺を誘った。
鮎沢家の風呂は家族風呂程度に広かったから昔はよく雷人や叔父、祖父と一緒に入ったりしたものだ。
一人ずつ入るようになってからどのくらい経つだろう。
「良いな」俺は頷いた。
ふと飛鳥が羨ましそうな顔をしたので、俺は言った。
「飛鳥も一緒に入るか?」
「何でよ!」
「昔よく一緒に入ったじゃないか」
「いくつの時よ」全く――と言いそうな顔をする。
「そういや、
「そんなことあったか?」雷人が不思議そうな顔をした。「だとしたらよっぽど小さい頃だろ。三歳とか」
「いや、飛鳥もいたから飛鳥が三歳か四歳で、俺たちが五歳か六歳の頃だろ。小学校に上がる少し前かな」
「それ、本当に日和か?」雷人は認めたくないようだ。
「言われてみれば、何となくそんな記憶がある。
「じゃあ、
「お前の記憶違いだろ」雷人はそう決めつけた。
俺の勘違いなのか?
俺たち三人以外にもう一人女の子がいて、四人で風呂に入った記憶があるのだが。
いくら思い出そうとしても幼いころの記憶がよみがえることはなかった。
俺はその夜、雷人とふたりで風呂に入った。そして記憶に残らないようなくだらない話をいくつもした。
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