【金髪火花】

 翌週月曜日、登校した俺を見て、誰もが避けるように道を空けた。

 見て見ぬふりをする。まあ想定内だな。

 教室に入った途端、軽部かるべが笑いを抑えもせず、いじって来た。「何だよ、火花ひばな、まだ春休みになってないぞ」

「良いんだよ、誤差のうちだ」

「それにしても見事に金ぴかだなあ。『金髪火花きんぱつひばな』」

「ゴーーーールデンヒバナーーーーー!」

「うるせえ!」

 取り囲む悪ダチどもは好き勝手言う。

 想定内だがむかつく。

 昨日髪を金髪に染めた。ワックスで少し固めて額を出している。

 夏休みなどに髪を染めるのはいつもしていることだ。

 夏休みどころか去年六月に取得した二輪の免許証写真も見事に「金髪火花」になっている。学年主任に注意を受けて、それ以来長期休みにだけ明るい髪にしていた。

 それがちょっと早まっただけだ。

「でもお前はイケメンだからどんな髪型も似合うよな」軽部が髪を触る。

「あまり触るな」うっとうしいと軽部を遠ざけた。

 しかしここまで明るい金髪で登校したことはなかった。

 クラスメイトの半分以上が、何と声をかけて良いのか戸惑っていた。

 その中にあって学級委員の佐内一葉さないかずはは普段通りに落ち着いていた。

鮎沢あゆさわ君、いくらなんでもその頭は呼び出されるわよ」

 わざわざ俺のそばまでやって来て忠告した。

 そしてそれは現実のものとなった。

 朝のショートホームルームにて担任の芦崎あしざきは俺を見るなり無表情のまま言った。「鮎沢君、放課後に職員室まで来なさい」

「俺、バイトがあるんすけど」

「すぐにすみますから、来なさい」

「――わかりました」

 教室は静かにざわついた。軽部ら悪ダチどもは笑いを噛み殺している。

 一葉は、言わないこっちゃない、と言いたげな顔をしていた。


 言われた通り放課後に職員室を訪れると、室内隅にある面談コーナーに連れていかれた。

「いつもより早く染めただけですけど――」俺は先に口を開いた。

「染めた?」芦崎は怪訝な顔をして「――髪のことかしら。そういえば見事に輝いているわ。綺麗ね」

 そういうことを顔色ひとつ変えずに芦崎は言う。芦崎にしてみれば髪の色などどうでも良いことらしい。

「――君の進路のことよ」

「そっちですか」まあそっちの方が大事だな、と俺はのけぞった。

「転校する話は本当なのね?」

「よくご存じですね。まだ決めてませんが」

「君のお祖父じい様からうかがっているわ。手続きも始めている」

「え、じいちゃん、来たんすか?」

「二度、お見えになったわよ。始めに手続きの説明と書類をお渡しして、二度目に書類をお持ちになった」

「俺に言わずに話を進めていたんですね?」あのじじい……。

「聞いていなかったの?」

「父方の祖父の具合が良くないので、本当なら俺が二十歳になってから向こうと会うという約束だったのを前倒しにすると聞きました。その上で向こうの家族と一緒に住む話になろうとしています」

 転校することになるかもしれない、とは考えていた。しかし一度父方祖父と会って、その結果向こうの家族とはもう会わないという選択肢を選ぶ可能性もあったのだ。そのことを俺は芦崎に説明した。

「じいちゃんは、一度向こうの家族と暮らしてみろ、と言います。それで気に入らなかったらまた戻ってこいと」

「それで君自身はどうしたいの?」

「正直なところわからないです。今の家族にはこれまで大変お世話になったので、突然そこを出るなど考えられません。しかし、ずっと今の家にいるつもりもないので、違う世界を見てみたい気もしています」

「転校の意思はあるということね?」

「はい」と答えたが本当にそうなのかという疑問もあった。

「では、まずは編入試験を受けてみて、それからの話ね」

「え? 編入試験?」

「お祖父じい様が持ってこられたのは私立の高校の編入手続きの書類だったわ。こちらの一年時の成績証明も書類作成してお渡ししたので、試験を受ける方向で進んでいると思ったのだけれど、聞いていないのかしら?」

「聞いてません。転校、それも公立校だと思っていたので、五月の連休後あたりに無試験で転校するのかと思ってました」

「何を言っているのよ、編入試験を受けるの。英語、数学に面接だったかしら。あ、その頭、黒くしないとね」ここで初めて芦崎は微笑んだ。

「えええ!」俺の叫びが職員室に響いた。

 自分の知らないところで話が進んでいる。

 昔から祖父は言葉足らずなところがあった。肝心なことを言わない。それがここ数年で顕著になっている。

 本人は言ったつもりなのだ。編入試験の話も、私立の高校の話もしたつもりなのだろう。

 バイトがあるので俺はそれ以上芦崎と話をせず、職員室を出た。

 しかしそこに西銘にしながいた。こいつ、待っていたのか?

「鮎沢くん、転校するの?」

「――かもしれないってだけです。編入試験なんて合格するかもわからない」

「ふうん……って、その頭、どうしたの?」

「これですか?」俺は笑った。「初恋に破れた上に、大人の女にもてあそばれましたから」

「くっ!」西銘は出そうになった言葉を噛みしめた。そして無理に微笑んだ。「よく言うわ。でも、良い感じね。そっちの方が君らしい」

「ありがとうございます」

 俺はふてぶてしい態度で西銘に別れを告げた。

 こうして懲りずに絡んでくるところを見ると西銘も相当な奴だと俺は思った。


 バイト先でも俺は頭のことで三森菜実みもりなみにいじられた。

「何、それ、イケてるんだけど」

「三森さん、これ見たことなかったか? 夏休みなんかいつもこんな感じだよ」

「そうだったんだ。私がバイト始めたのは十二月からだったし。知らなかったよ」

「でもまた黒くするんだよ」

「学校で叱られたな?」

「それもあるけど、編入試験を受けることになったんだ」

「え、編入するの?」

「まだ決定ではないけれど、家庭の事情で」

「例の父方家族と一緒に住む話ね」菜実にはそのあたりのことを話したことがあった。「やっぱり向こうへ行っちゃうんだ?」

「試験に受かればだけど」

「受かるよ、きっと。でもさびしくなるわね」

「すぐに帰ってくるかもしれないよ」

「店長に言った?」

「あ、忘れてた。というか急な話だったので、店長に話すのが後回しになってたよ」

 バイトもやめることになる。

「本来、辞める三か月前に言わなきゃいけないんだよ」

「今から言いに行ってくる」

「そうね、ガンバ」

 店長に伝えると、予想通り驚いた後に困った顔をした。「そういう事情なら仕方ないな。代わりの者をさがさないと」

 いざとなったら悪ダチどもの中から一人選んで紹介することになる。少し頭が痛かった。

 そしてまた、転校するかもしれない話をしなければならない相手はまだほかにたくさんいる。

 叔母はうすうす気づいていると思われるが、叔父、雷人らいと飛鳥あすかはどうなのだろう。知っていて俺が話すのを待っているのだろうか。

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