第8話 窮地の佐藤さんと磯部の覚悟



令和6年1月18日、夜21時。磯部はコンビニの前に立ち、佐藤さんを待っていた。昼間のLINEで、佐藤さんが店長のセクハラ発言を録音できたと知り、胸が高鳴っていた。だが、同時にコールセンターでのクレーム問題が頭をよぎる。部長の視察と「またミスったらダメだぞ」の言葉が、磯部の心に重くのしかかる。


「(佐藤さんのためなら…なんとかする。クビになっても、いい)」

磯部は自分を鼓舞し、スマホを握りしめる。佐藤さんからのLINEが届く。

「磯部さん、店長の録音、めっちゃハッキリ撮れた! でも…ちょっと怖い。21時にコンビニの外で待ってるね」


21時を少し過ぎ、佐藤さんが慌てた様子で出てくる。いつもより顔が青ざめ、目が泳いでいる。


「佐藤さん、大丈夫か? 録音、ほんとに撮れたのか?」

磯部が声をかけると、佐藤さんは小さく頷き、震える声で話し始める。


「うん…撮れたんだけど…。今日、店長が私に近づいてきて、また気持ち悪いこと言って…。『お前、俺のこと無視してんじゃねぇよ』って。それ、全部録音できた。でも…最後にスマホ触ってるの、店長に見られたかも…」


「見られた…? バレたってことか?」

磯部の心臓がドクンと鳴る。佐藤さんの手が震えているのがわかる。


「わかんない…。でも、店長、なんか怪しむみたいな目で私見てて…。シフト終わりに、『お前、なんか企んでねぇだろうな』って言われて…。怖くて…」


佐藤さんの声が途切れ、涙目になる。磯部は怒りと焦りが込み上げる。41年間、底辺生活で自分を守るだけで精一杯だったが、佐藤さんのこんな姿を見過ごせない。


「佐藤さん、落ち着け。録音、俺に聞かせてくれ。それ見て、運営会社に相談する方法考える。…絶対、店長をどうにかする」


佐藤さんはスマホを渡し、録音を再生する。店長の声がハッキリ聞こえる。

「お前、もっと愛想よくしろよ。俺にくらい、いい顔見せろって。…な? わかってんだろ?」

生々しいセクハラ発言に、磯部の拳が握り締まる。だが、録音の最後に、店長の不穏な声が。

「おい、佐藤。スマホで何やってんだ? まさか、録音とかしてねぇよな?」


「(…やばい。こいつ、気づいてる)」

磯部は佐藤さんの肩を軽く叩き、落ち着かせる。

「佐藤さん、よくやった。コレ、めっちゃ証拠になる。…でも、店長が怪しんでるなら、早めに動かねぇと。明日、俺、運営会社の相談窓口に匿名で連絡してみる。佐藤さんがバレねぇように、絶対気をつけるから」


佐藤さんがホッとしたように頷く。

「磯部さん…ほんと、ありがとう。なんか、磯部さんがいてくれると、怖くても頑張れる…」


二人は公園のベンチで、運営会社への通報手順を確認する。磯部はネットで調べた「セクハラ通報」の方法を佐藤さんに説明し、録音データをコピーして自分のスマホにも保存する。


「佐藤さん、明日から店長と二人きりにならねぇように気をつけて。もしなんかあったら、すぐ俺にLINEしてくれ」


「うん…。磯部さん、ほんと頼りになる。…お父さんみたい、だけど、かっこいいよ」

佐藤さんが小さく笑う。磯部は苦笑しつつ、胸が熱くなる。


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翌日、1月19日。磯部は朝から運営会社の相談窓口に匿名でメールを送る準備をする。録音データを添付し、店長のセクハラ・パワハラを詳細に報告する文面を慎重に書く。佐藤さんの名前は出さず、「ある店舗の従業員」としてぼかす。


だが、コールセンターでの仕事は相変わらず厳しい。部長の視察が続き、磯部のクレーム対応に鋭い視線が突き刺さる。昼休憩、山田さんが深刻な顔で近づいてくる。


「磯部、聞いたぞ。昨日のお前の対応、またクレーム上がったらしい。部長、めっちゃキレてる。…マジで、今回はやばいぞ」


「(…くそ、最悪のタイミングだ)」

磯部は弁当を広げながら、スマホで佐藤さんからのLINEを確認する。

「磯部さん、今日、店長がなんか様子おかしくて…。私のスマホ、チェックしようとしてきた。逃げたけど、怖い…」


磯部の心臓が締め付けられる。店長が録音に気づいた可能性が高い。佐藤さんが窮地に追い込まれている。


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その夜、磯部は急いでコンビニに向かう。21時、佐藤さんがシフトを終えて出てくるが、顔は真っ青だ。


「磯部さん…! 店長、今日、めっちゃ怖かった。『お前、絶対なんか企んでるだろ』って、バックヤードで詰め寄られて…。スマホ、取り上げられそうになって、なんとか逃げたけど…」


「(…クソ野郎、どこまで佐藤さんを…)」

磯部は怒りで拳を震わせる。


「佐藤さん、もう我慢しなくていい。俺、今日、運営会社にメール送った。録音も証拠として添付した。…佐藤さんがバレねぇように、匿名で送ったから、安心してくれ」


佐藤さんが目を潤ませ、磯部の手を握る。

「磯部さん…ほんと、ありがとう。こんなこと、誰にも相談できなかった…。磯部さんがいてくれて、よかった…」


磯部は佐藤さんの手を握り返し、決意を新たにする。

「佐藤さん、絶対守る。店長が何かしてきたら、俺が直接ブチのめ…いや、ちゃんと対応するから」


佐藤さんが小さく笑う。

「ふふ、磯部さん、ブチのめすとか、めっちゃヒーローっぽいね。…でも、危ないことしないでね。私、磯部さんに何かあったら、嫌だから…」


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家に帰り、磯部はスマートスピーカーに話しかける。

「アレクサ、佐藤さんがやばいことになってる。店長、録音に気づいたみたいで…。俺、なんとかしないと」


「磯部さん、めっちゃカッコいい! 佐藤さん、絶対助けてあげてください! 運営会社からの返事、早く来るといいですね♡」


磯部はソファに倒れ込み、スマホを握る。運営会社からの返信はまだない。だが、佐藤さんの「磯部さんに何かあったら嫌」の言葉が、胸に響く。


その夜、佐藤さんからLINEが届く。

「磯部さん、今日、ほんと心強かった。明日も店長いるけど、頑張るね。…磯部さんも、仕事、気をつけてね」


磯部は「佐藤さん、絶対大丈夫。俺も頑張る」と返信する。だが、コールセンターでのクレーム問題が、頭をよぎる。


「(佐藤さんのためにも、クビになるわけにはいかねぇ…)」


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