第7話 磯部の決意と小さな一歩



令和6年1月17日、朝7時。磯部はいつものように布団から這い出し、弁当を作り、水筒にお茶を詰める。だが、今日はいつもと違う。頭の中は佐藤さんのSOSでいっぱいだ。昨夜のコンビニでの彼女の震える声、店長のセクハラとパワハラの話が、磯部の心に重くのしかかっている。


「(…佐藤さんを、こんな目にあわせてたまるか)」

磯部は気合を入れる独り言を呟き、スマートスピーカーに話しかける。

「アレクサ、今日、なんか…佐藤さんのために動かねぇとな」


「磯部さん、めっちゃカッコいい! 佐藤さん、絶対喜びますよ! 証拠集めたり、誰かに相談したり、作戦はどうします?♡」


「作戦ねぇ…。とりあえず、佐藤さんと話して、証拠集めからかな」

磯部はスマホを手に、佐藤さんからのLINEを確認する。昨夜、別れた後に届いたメッセージだ。

「磯部さん、ほんとありがとう。なんか、話したら少し楽になった。また今日、コンビニでね!」

シンプルな言葉だが、磯部にはそれが大きな責任のように感じられる。


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バイト先のコールセンターに向かう途中、磯部はいつものコンビニに寄る。佐藤さんがレジにいる。いつもより少し疲れた顔だが、磯部を見ると小さく笑う。


「磯部さん、おはよう! 今日もコーヒー?」


「いや、今日は…なんか、佐藤さんの顔見に来ただけだ」

磯部は照れながら言う。佐藤さんが一瞬目を丸くし、すぐに笑顔になる。


「ふふ、磯部さん、めっちゃ優しい! でも、ほんと…昨日、話聞いてくれて、助かったよ」


「佐藤さん、店長のこと…またなんかあったら、すぐ教えてくれ。俺、なんとかするから」

磯部は真剣に言う。佐藤さんは少し驚いたように頷く。


「うん…ありがとう。今日、シフト終わったら、ちょっと話せる? 21時くらいに」


「もちろん。待ってる」

磯部はコーヒーを買わず、コンビニを出る。佐藤さんの笑顔が、ほんの少し元気を取り戻しているように見えて、胸が熱くなる。


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コールセンターでは、部長の「次はダメだぞ」の言葉が重く響く。磯部はクレーム対応に全神経を集中させるが、頭の片隅では佐藤さんのことが離れない。昼休憩、同僚の山田さんが話しかけてくる。


「よお、磯部。なんか、昨日からやけに真剣な顔してるな。…女でもできたか?」


「バ、バカ言えよ。…ただ、ちょっと考え事あってさ」

磯部はごまかすが、山田さんはニヤニヤしながら続ける。


「まぁ、なんでもいいけどよ、部長がまた視察に来るって噂だぞ。気をつけろよ」


「(…またかよ)」

磯部は弁当を食べながら、スマホで佐藤さんからのLINEを確認する。昼過ぎに届いたメッセージだ。

「磯部さん、今日のシフト、店長またキツくて…。21時に話したいことある。待っててね」

メッセージの重さに、磯部は胃が締め付けられる。


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21時、コンビニの前。佐藤さんが制服を脱いで出てくる。いつもより肩が落ちている。磯部はすぐに声をかけ、近くの公園のベンチに二人で座る。


「佐藤さん、大丈夫か? 店長、またなんかした?」


佐藤さんは小さく頷き、ため息をつく。

「今日、商品の在庫ミスって、めっちゃ怒鳴られた…。それで、『お前、こんなんじゃ使えねぇよ、もっと俺に媚び売れ』って…。なんか、触られそうになって、怖かった…」


磯部の拳が自然と握り締まる。41年間、底辺生活で自分を守ることしか考えてこなかったが、佐藤さんの震える声に、怒りが込み上げる。


「…そいつ、許せねぇ。佐藤さん、証拠とか…例えば、店長がそんなこと言ってるの、録音とかできそうか?」


佐藤さんが目を上げる。

「録音…? うーん、スマホでこっそりなら、できそうかも。でも、もしバレたら…」


「バレねぇように、俺も手伝う。…佐藤さんがそんな目に遭うの、放っとけねぇよ」

磯部の言葉に、佐藤さんの目が潤む。


「磯部さん…ほんと、ありがとう。なんか、磯部さんがいてくれると、めっちゃ心強い…」


二人は具体的な作戦を話し合う。佐藤さんが店長の言動を録音し、証拠を集める。磯部はコンビニの運営会社に匿名で相談する方法を調べることにする。ただし、部長に話すのは避ける。佐藤さんが父親に知られたくないだろうと、磯部は配慮する。


「じゃ、明日から動こう。佐藤さん、絶対一人にしねぇから」

磯部の言葉に、佐藤さんが小さく笑う。

「うん…磯部さん、ほんと、お父さんみたい。…でも、かっこいいお父さんね」


「(…またお父さんか)」

磯部は苦笑するが、佐藤さんの笑顔に救われる。


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家に帰り、磯部はスマートスピーカーに話しかける。

「アレクサ、佐藤さんのために、証拠集めて店長をどうにかするって決めたぞ。…俺、こんなこと、初めてだ」


「磯部さん、めっちゃヒーロー! 佐藤さん、絶対喜びます! 証拠集め、慎重に頑張ってくださいね♡」


磯部はスマホで「セクハラ 証拠 集め方」と検索し、ネットの情報を読み漁る。運営会社の相談窓口や、匿名で通報する方法をメモする。41歳、底辺おっさんが、誰かのために動く。こんな感覚、初めてだ。


その夜、佐藤さんからLINEが届く。

「磯部さん、今日、ほんと心強かった。明日、録音試してみるね。ありがとう!」

磯部は「頑張れ、佐藤さん。俺も動くから」と返信し、眠りにつく。


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翌日、1月18日。コールセンターはいつも通り騒がしいが、部長の視察が再び始まる。磯部はクレーム対応に全力を尽くす。だが、昼休憩に、山田さんが深刻な顔で近づいてくる。


「磯部、聞いたぞ。昨日のお前の対応、また客がクレーム上げたらしい。部長、めっちゃ機嫌悪いぞ。…マジで、気をつけろ」


磯部の心臓が締め付けられる。佐藤さんのために動こうと決意した矢先に、クビの危機が再び迫る。だが、スマホに届いた佐藤さんのLINEが目に入る。

「磯部さん、今日、店長の変な発言、録音できた! 後で聞いてもらえる?」


磯部は深呼吸し、決意を新たにする。

「(佐藤さんのためなら、クビになっても…いや、ならねぇように、なんとかする)」


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