第9話 佐藤さんの救世主と磯部の葛藤
令和6年1月20日、朝。磯部はいつものように弁当を作り、水筒にお茶を詰めながら、佐藤さんのことを考える。昨夜のLINEで、店長が佐藤さんのスマホをチェックしようとしたと知り、胸が締め付けられる。運営会社に送った匿名メールの返信はまだ来ていない。コールセンターでのクレーム問題も重なり、磯部の頭は混乱気味だ。
「(佐藤さん…今日も店長と顔合わせるんだろ。なんとか守らねぇと…)」
磯部は気合を入れる独り言を呟き、スマートスピーカーに話しかける。
「アレクサ、佐藤さんがピンチだ。俺、ちゃんと助けられるかな…」
「磯部さん、絶対大丈夫! 佐藤さん、磯部さんのことめっちゃ頼りにしてますよ! 運営会社からの返信、早く来るといいですね♡」
磯部はスマホを確認するが、佐藤さんからの新しいLINEはない。昨夜の「明日も店長いるけど、頑張るね」のメッセージが最後だ。少し不安になりながらも、「佐藤さん、今日も気をつけろよ」と返信し、家を出る。
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コールセンターでは、部長の視察が続き、緊張感が漂う。磯部はクレーム対応に全力を尽くすが、昨日のミスが尾を引き、部長の視線がいつもより鋭い。昼休憩、山田さんが深刻な顔で話しかけてくる。
「磯部、部長、めっちゃ機嫌悪いぞ。昨日のお前のクレーム、客がSNSで騒いでるらしい。…マジで、今回はヤバいかもな」
「(…最悪だ。佐藤さんのこと考えてる場合じゃねぇのか…?)」
磯部は弁当を食べながら、スマホを握る。佐藤さんからのLINEはまだ来ていない。運営会社からの返信もない。焦りが募る中、午後の業務が始まる。
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その夜、21時。磯部はコンビニの前に急いで向かう。佐藤さんのシフトが終わる時間だ。コンビニに着くと、佐藤さんが外にいて、隣に若い男がいる。20代前半、背が高く、髪を軽く染めたイケメン風の男。佐藤さんがその男と話しているが、表情はどこか硬い。
「(…誰だ、アイツ?)」
磯部が近づくと、佐藤さんが気づき、ぎこちなく手を振る。
「磯部さん…来てくれて、ありがとう。あ、この人、バイト仲間の渋田くん。今日、助けてくれたの…」
渋田と名乗る男が、軽く会釈する。
「よ、初めまして。佐藤から話聞いてます。磯部さん、ですよね?」
磯部はぎこちなく頷き、佐藤さんに目をやる。
「佐藤さん、助けてくれたって…何があったんだ?」
佐藤さんが疲れた声で話し始める。
「今日、店長がまたバックヤードで詰め寄ってきたの。『お前、絶対録音してんだろ』って、スマホ取り上げようとしてきて…。怖くて、動けなくて…。そしたら、渋田くんがちょうど入ってきて、『店長、何やってんですか!』って止めてくれて…。めっちゃかっこよかったんだから」
佐藤さんの目が一瞬輝くが、すぐに曇る。渋田は照れ笑いしながら言う。
「いや、佐藤がマジで困ってたからさ。店長、最近ほんとヤバいっすよね。俺も前からムカついてたんで、ついキレちゃって」
磯部は二人を交互に見つめる。佐藤さんの言葉、渋田の自信に満ちた態度。胸の奥に、チクリと刺さる感情が広がる。
「(…かっこよかった、か。俺じゃ、間に合わなかった…)」
41年間、底辺生活で自分に自信なんてなかった。佐藤さんのために動こうと決意したのに、肝心な場面で別の男に助けられてしまった。磯部は無理に笑顔を作り、言う。
「渋田、さん…だよな。助けてくれて、ありがとう。佐藤さんが無事でよかった」
佐藤さんが慌ててフォローする。
「磯部さんも、ほんとありがとう! 録音のこととか、運営会社に連絡してくれたの、磯部さんがいなかったらできなかったよ。…渋田くんが助けてくれたけど、磯部さんが心強くて、めっちゃ頑張れたの!」
だが、磯部の心には小さな悲しみが広がる。佐藤さんの「かっこよかった」が、妙に重い。
「そうか…。まぁ、佐藤さんが大丈夫なら、それでいいよ。…で、店長、今どうなってる?」
佐藤さんが声を落とす。
「渋田くんが止めてくれた後、店長、なんかビビってたみたい。今日は大人しくなったけど…。でも、録音のこと、絶対気づいてると思う…」
磯部は頷き、佐藤さんを安心させようとする。
「佐藤さん、よくやった。証拠あるなら、運営会社が動くはずだ。俺、明日また連絡確認するから、安心しろよ」
佐藤さんが小さく笑う。
「うん、磯部さん、ほんと頼りになる。…お父さんみたい、だけど、かっこいいよ」
磯部は苦笑するが、胸の奥のモヤモヤは消えない。渋田の「かっこよかった」存在感が、41歳の底辺おっさんの自信を揺さぶる。二人はその場で別れ、佐藤さんと渋田がコンビニの前で少し話しているのが見える。磯部は一人、夜道を歩き始める。
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磯部は帰り道、近くの安い居酒屋にふらりと入る。佐藤さんの「かっこよかった」が頭にこびりつき、胸のモヤモヤを流したかった。カウンターで生ビールを注文し、一人でちびちび飲む。
「(…俺じゃ、佐藤さんを助けきれなかった。渋田、か。20代のイケメンに、41歳の底辺おっさんが勝てるわけねぇか…)」
グラスを傾けながら、磯部は佐藤さんの笑顔を思い出す。彼女の「頼りになる」が、わずかに心を温めるが、渋田の存在が重い。ビールを飲み干し、店を出る。スマホを確認するが、佐藤さんからのLINEはない。
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一方、佐藤さんは磯部と別れた後、渋田に声をかけられる。
「佐藤、今日、めっちゃ大変だったろ。気分転換に、飲みにでも行かね? 近くの居酒屋、いいとこ知ってるよ」
佐藤さんは疲れと店長のプレッシャーで弱っていたこともあり、断れず頷く。
「うん…ちょっと、気分変えたくて…。じゃ、行く」
二人は近くの居酒屋へ。渋田は気さくに話し、佐藤さんにビールやカクテルを勧める。
「佐藤、今日はマジ大変だったんだから、飲んで忘れようぜ!」
佐藤さんは普段あまり飲まないが、渋田の勢いに押され、ついグラスを重ねる。次第に頭がフラフラになり、判断力が鈍る。
「…やば、ちょっと飲みすぎちゃった…。頭、クラクラする…」
渋田が心配そうに言う。
「おっと、佐藤、大丈夫か? 家まで送るのキツそうだから、うち近いからそこで休んでけよ。なんも変なことしねぇから、安心しろ」
佐藤さんはフラフラの状態で渋田に支えられ、彼の家に向かう。朦朧とした意識の中、渋田の部屋のソファに座る。渋田は水を渡すが、佐藤さんの目はすでに半分閉じている。
「佐藤、ちょっと寝てていいよ。落ち着いたら送るから」
渋田の声が遠く聞こえる中、佐藤さんは意識を失うように眠りに落ちる。
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翌日、1月21日。磯部はコールセンターに出勤する。部長の視察がさらに厳しくなり、磯部のクレーム対応に直接ダメ出し。
「磯部、このままじゃ本当にまずいぞ。次、ミスったら、話は別だからな」
磯部は頭を下げるが、頭の中は佐藤さんのことでいっぱいだ。運営会社からの返信はない。スマホにも佐藤さんからのLINEはない。昨夜、渋田と別れた後の彼女が気になり、胸がざわつく。
家に帰り、磯部はソファに倒れ込む。スマートスピーカーに話しかける。
「アレクサ、佐藤さんが渋田ってイケメンに助けられて…その後、二人で飲みにでも行ったのかな。…俺、なんか、情けねぇよ」
「磯部さん、そんなことない! 佐藤さん、磯部さんのことめっちゃ頼りにしてるじゃないですか! 渋田さんもカッコいいけど、磯部さんの優しさ、絶対負けてませんよ♡」
磯部は苦笑する。
「優しさ、ねぇ…。まぁ、佐藤さんが無事なら、それでいいか…」
だが、胸の奥の悲しみは消えない。佐藤さんのために動きたかったのに、渋田に先を越された。運営会社からの返信を待つしかないが、時間がなさすぎる。磯部は決意を新たにする。
「(渋田に負けねぇ。佐藤さんのために、俺がちゃんと守る)」
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転生できなかったおっさん。現実を生きる。 わら @anantaro
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