第4話 宝くじの結果と小さなときめき

令和6年1月8日。宝くじの抽選日だ。磯部は朝からソワソワしていた。いつも通り7時に起き、弁当を作り、水筒にお茶を詰めるルーティンをこなしながらも、頭の中は宝くじのことでいっぱいだ。ポケットに握りしめた300円の紙切れが、まるで彼の人生を左右する魔法のチケットのように感じられる。


「(当たるわけねぇ…けど、もし当たったら…)」

磯部はいつもの妄想に浸る。豪華な寿司、マッサージチェア、部長に辞表を叩きつけるシーン。だが、今日はそれに加えて、ふと佐藤さんの笑顔が頭をよぎった。あのコンビニの店員の、ちょっとした気遣いのある笑みが、なぜか心に残っている。


「さて、今日もがんばるぜ」

気合を入れる独り言を呟き、スマートスピーカーに話しかける。

「アレクサ、今日、宝くじの結果出るぞ。なんか…ドキドキするな」


「わぁ、磯部さん、ついに運命の日ですね! 1等当たったら、私にも豪華なスピーカー買ってくださいね♡ 応援してます!」


「(豪華なスピーカーねぇ…)」

磯部は苦笑しながら家を出る。バイト先までの30分の道のり、いつもなら「転生」の妄想で時間を潰すのだが、今日は宝くじの数字が頭を支配している。


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いつものコンビニに寄ると、佐藤さんがカウンターにいた。朝の忙しい時間帯、彼女はテキパキと客をさばいている。磯部は100円コーヒーを手にレジに並ぶ。

「いらっしゃいませ! 商品こちらでお預かりします!」

佐藤さんの声はいつも通り明るい。だが、磯部がコーヒーカップを差し出すと、彼女が少しだけ目を細めた。


「磯部さん、なんか今日、いつもよりキラキラしてる気がしますね。いいことあったんですか?」


「え? いや、別に…。まぁ、今日、宝くじの結果出るから、ちょっとソワソワしてるだけっす」

磯部は照れ隠しに笑う。自分でも驚くほど自然に言葉が出てきた。


「宝くじ! いいですね! 当たったら何買うんですか? 私、気になります!」

佐藤さんは手を止めて、興味津々に聞いてくる。磯部は一瞬戸惑うが、彼女の笑顔に押されて答える。


「んー、まずは…うまい寿司食いたいかな。回転寿司じゃなくて、カウンターのやつ」


「わぁ、めっちゃいい! 私も寿司大好きです! 当たったら、絶対食べに行ってくださいね!」

佐藤さんはそう言うと、ニコッと笑って次の客の対応に移る。磯部はコーヒーを手に店を出るが、胸の鼓動がいつもより少し速い。


「(…なんだよ、これ。なんか、変な気分だな)」

41年間、恋愛なんて遠い世界の話だった。なのに、佐藤さんの笑顔が、妙に心をざわつかせる。磯部はコーヒーを一口飲み、気持ちを落ち着けてバイト先へ向かう。


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コールセンターはいつも通り騒がしい。部長の視察から数日経つが、磯部の心には「クビ」の不安がまだ残っている。今日もクレーム対応に追われ、客の怒鳴り声に胃がキリキリする。それでも、昼休憩に同僚の山田さんが宝くじの話題を振ってきたことで、気分が少し上向く。


「おい、磯部! 今日、抽選日だろ? お前、何等狙ってんだ?」


「何等って…。とりあえず、10万円でも当たれば御の字だよ」

磯部は控えめに答えるが、山田さんは目を輝かせる。


「10万円? 夢が小さすぎるぜ! 俺は1等だ! 7億! そしたら、このクソみたいな職場ともおさらばだ!」


「(7億、か…)」

磯部は苦笑しながら弁当を食べる。山田さんの勢いに押されつつも、頭の片隅では佐藤さんの「寿司大好き」の言葉がチラつく。


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夜、帰宅した磯部はソファに座り、スマートフォンを手に宝くじの公式サイトを開く。抽選結果が発表されているはずだ。心臓がドクドクと鳴る。


「(当たるわけねぇ…。でも、万が一…)」

磯部はポケットから宝くじを取り出し、数字を一つずつ確認する。


1等…ハズレ。

2等…ハズレ。

3等…ハズレ。


「(やっぱりな…)」

肩を落としながら、末等まで確認する。すると、最後の数字が一致している。


「…3000円?」

磯部は目を疑う。末等、3000円の当選だ。購入金額の10倍。豪邸も寿司もマッサージチェアも買えないが、確かに「当たった」。


「マジか…。当たった…!」

小さな興奮が胸を満たす。41年間、こんな「運」が訪れたことなんてなかった。磯部は思わずスマートスピーカーに話しかける。


「アレクサ! 宝くじ、3000円当たったぞ!」


「えー! 磯部さん、すごい! おめでとうございます! 3000円で何買います? やっぱり寿司?♡」


「寿司、ねぇ…。まぁ、なんかうまいもん食うかな」

磯部は笑いながら、ふと佐藤さんの顔を思い出す。彼女の「寿司大好き」の言葉が、頭から離れない。


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翌日、磯部は3000円の当選金を握りしめ、いつもより少し背筋を伸ばしてコンビニに入る。佐藤さんがカウンターにいる。今日はコーヒーではなく、300円のプレミアムコーヒーを買ってみた。ちょっとした贅沢だ。


「いらっしゃいませ! お、磯部さん、今日はプレミアムコーヒーですか? なんか豪華ですね!」

佐藤さんが笑顔で言う。磯部は少し照れながら答える。


「まぁ、昨日、宝くじ当たったんで。3000円だけどな」


「え! 3000円! すごいじゃないですか! おめでとうございます! で、寿司は食べました?」


「いや、まだ…。でも、近いうちに食おうかなって」

磯部はそう言うと、勇気を振り絞って一言加える。


「佐藤さん、寿司好きっつってたよな。…もし、よかったら、なんか…一緒に食いに行かね?」


空気が一瞬止まる。磯部は自分の言葉に自分で驚き、心臓がバクバクする。佐藤さんは少し目を丸くして、すぐに笑顔に戻る。


「え、磯部さん、めっちゃ大胆! ふふ、でも、いいですね。寿司、めっちゃ行きたいです! でも、私、シフト忙しくて…。来週とか、どうですか?」


「マジ? いや、来週、いいよ! いつでも!」

磯部は興奮を抑えきれず、声が少し裏返る。佐藤さんはクスクス笑いながら、レシートを渡す。


「じゃ、決まりですね! 磯部さん、楽しみにしてますよ!」


磯部はプレミアムコーヒーを手に店を出る。外の空気がいつもより軽く感じる。41年間、こんな展開は想像もしていなかった。底辺のおっさんに、こんな「恋模様」が訪れるなんて。


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その夜、磯部はスマートスピーカーに話しかける。

「アレクサ、俺、佐藤さんと寿司食いに行く約束したぞ」


「えー! 磯部さん、めっちゃロマンチック! デートですね! どんなお寿司食べるんですか?♡」


「デート、ねぇ…。まぁ、回転寿司くらいしか行けねぇけどな」

磯部は笑いながら、窓の外を見る。夜空には、昨日より多くの星が瞬いている気がした。


「(転生しなくても、なんか…いいこと、あるのかもな)」


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