自殺者の増加と競争社会


 いじめた奴ら、クソ親父、嘘にまみれた情報があふれる世界。

 世の中は汚くて憎くて腐っている。僕はそんな世界が大嫌いだ。

 その事をシャウラに話すと、何も言わず話を聞いてくれた。やっぱりシャウラは親友だ。シャウラと一緒にいると、僕の精神は安定する。世の中でシャウラしか、綺麗なものはない。そんなふうにさえ思えた。

 

 この頃は、特急列車に飛び込んで自殺するネコが増えていて、よくニュースになっていた。

 今考えても、間違いなくその原因は、『過度な競争』。

 『灰緑の光』信者が増え、『競争は善』との価値観が世の中を支配した。

 強い者だけが認められる。他のネコを蹴落とし、のし上がろうと努力する。極端に言えば、自分さえ良ければいい考え方だ。ボーッと生きていては落伍者になり、世の中から排除されてしまう。ネコたちの心は乱れ、ギスギスした関係しか築けなくなってしまう。


 学校では、成績の競争。受験競争。ネコによって得意な事は1匹1匹違うはずなのに、「学業成績がいい子以外はカスだ」と見做されるシステム。

 社会では、出世競争。ミャオン稼ぎ競争。結婚競争。知識をつけるため、イケニャン美ニャンになるため、大金をつぎ込む。社会を支える大切な役割を担う職業を『底辺職』といって蔑む。


「敗者は淘汰される。それは良い事だ」とか言うバカも現れ始めていた。

 

 そうして敗者になって行き場がなくなったネコは、自死を選ぶんだろう。ところが一見勝者に見える者――周囲の喝采を浴び、夢を叶えたであろう者も、何故だか突然列車に飛び込んだ、という例も少なくなかった。

 競争に勝つほど、孤独になっていく。そして虚しくなるのだろう。あくまで推測だが。あまり死の理由について言及はしたくないので、これ以上書くのはやめておこう。

 何にせよ自死する時は、無意識に、列車が迫ってくるホームに飛び込んでいるんだそうだ。それを聞いた時、僕はとても恐ろしくなった。


 そんな事すら知らず、「死ぬんなら周りを巻き込まずひとりでひっそり死ね」と、当時の僕は思ってしまっていた。それを平然と言えてしまう自分になる事を恐れてもいた。


 シャウラも、急激に増え続ける自殺者について自分から話す事があった。


「自殺なんか馬鹿げてる、残された者の気持ち考えろ……なんて言われても、全然共感できない」、「私がもし自殺するとしても、誰かを巻き込まずに死ぬわ」と言っていたのはしっかりと覚えている。そういえばシャウラは自殺は否定しないタイプだったと、その時に思い出した。

 シャウラが自殺する事を恐れた僕は、思わず「やめてよ、そんな事言わないで」と返した。シャウラはちょっと困った顔して「ごめんね」とだけ言った。


「私の心配より、自分の心配した方がいいんじゃない、プレア? ほら、ヒゲも曲がってるし。ストレス溜まってるでしょ」


 シャウラに言われて初めて、持ちきれないような重たい荷物を背負っている事に気付かされる。座っていても動悸が止まらないし、息が苦しくなる。


「イライラも抑え込まずに、全て吐き出した方がいいよ。私は歌を歌って発散してる」

 ストレスの発散。溜め込みがちな僕には、思いもつかない方法だった。そうか、発散すればいいんだ。それで万事解決するなら、やらない手はない。

 単純だった。空が暗くなり始める頃、僕は誰もいない林の中で、思いを目一杯叫んだ。


「アイツら、きっっしょ」、「僕に害をなす奴らは全員死ね」、「みんな誰かのためとか言いつつ、考えてることは自分の事ばっか」、「愛とか感謝とか、綺麗事なんかうんざりだ」、「僕も自己中。上等だよ。好き勝手生きてやる」


 ――など、叫び散らかしているうちに、また記憶が途切れた。

 


 気付いたら、僕は草の上で倒れていた。

 周りは真っ暗だった。そこに、2つの目が光っていた。

 シャウラだ。


「スッキリした?」


 目を凝らしてみると、木々にはたくさんの引っ掻き傷。近くの倉庫の扉はボコボコに凹んでいた。看板の脚はへし折られている。僕自身もあちこち擦り傷や切り傷があった。後から痛みを感じる。


「シャ……シャウラ!?」


 思わず声を出した。

 ああ、また無意識に暴れてしまったようだ。

 そう、感情を解き放っているうちに、が出てきたのだ。


 シャウラにドン引きされたと思った僕は、逃げ出そうとした。すぐにシャウラは僕の前足を掴んだ。そして言ってくれた。


「いいよ、それも含めてプレアじゃん。私はそういうプレアも好きだよ」

 

 暴れ回るもう1匹の僕を、見守ってくれていたシャウラ。

 今なら分かる。もう1匹の僕もそんなシャウラに、救われていたんだ、と。

 きっと嬉しかったんだ、と。

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