『灰緑の光』による洗脳
部屋はいくつかあったため、シャウラは僕の部屋を用意してくれた。
以降は、記憶はほとんど飛ばなかったように思う。その間、心療内科には通い、薬もちゃんと飲んだ。シャウラが近くにいるおかげもあったかもしれない。精神的には、安定していた。
ある日。図書館に出かけた際、とある本を手に取った。
タイトルは『競争は善なり』。宗教団体『灰緑の光』による本だった。
くすんで破れかけたその本に妙に惹かれた僕は、時間を忘れて読み耽った。
要約すると、内容はこうだ。
文明の生成発展には、競争こそ最善。
自分よりも優れた存在を見て、我々はより高みに上ろうとする。
ダメな自分が変われないのは、
嫉妬は、己を変えるための善なる感情。
僕は自分を変えたかった。
父に殴られたのも、いじめられたのも、八つ当たりしたのも、自分が弱かったから。
本気で、ニャン生を変えたかった。
その後、シャウラに内緒で『灰緑の光』に入信した。
どんだけ
最初に広い部屋へ案内され、整列させられ座らされた。教祖様なるネコが前に出てきて、地底の神グレイの教え――『嫉妬と競争は善なり』の概要と、信者たちの意気込みを聞かされた。
その他にも、決して表には出てこないこの世界の秘密――。
天候や自然災害は、闇の組織に操作されている事。
製薬会社は、故意に病気を流行させ、大儲けしている事。
民の心を巧みに操作し、自分たちだけが良い思いをする勢力が存在する事。
――などの陰謀論について、教えてもらった。
僕がいじめられたのも、この世界の誰かの策略だった、と信じ込まされた。
信者たちは最初こそ温かく迎えてくれたが、そこは競争は善の世界。殺伐としていた。信者同士でマウントの取り合いの日々。殴り合いの喧嘩もしょっちゅうだったし、立場が弱い者はいじめに遭っていた。しかも学校とは違って、誰も止めない。強い者が正しい世界なんだから。
僕はそれなりにうまくやってはいけたけれど、今度はいじめる側になる事を強いられた。
いじめられた経験から、それはやりたくなかった。
教祖様の言う事は正しい。でも本心はそう思いたくない。そのジレンマ耐えられなくなり、とうとうシャウラに『灰緑の光』に入信したことを打ち明け、相談した。
「自分のニャン生を神様だとか他の誰かに明け渡してどうするの! 自分がどうしたいかを大事にしなさい!」
シャウラにそう言われて思い切りネコパンチされ、目を覚まさせられた。
僕は洗脳されていた。
この世界に神様なんかいない。
いたら、こんなに酷い思いをしてニャン生を送っているはずなんかない。
陰謀論もよくよく考えたら、根拠も証拠も何もないじゃないか。
『灰緑の光』は脱退した。信者の連絡先もブロックし、完全に関係を絶った。
僕が『灰緑の光』に洗脳されている間、シャウラは自身の夢であるアイドルへの道を着実に歩んでいた。“ニャイフォン”を使った配信活動を始めていたが、そこもまた激しい競争の世界だった。
「シャウラだって競争してるじゃないか。一体何が正しいんだ」
僕は迷った。この世界では、競争しないと生き残れないのか。
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